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ランド・ポール『国家を喰らう官僚たち』

カイロ時代からの畏友の「アサカワ君」こと、ジャーナリストの浅川芳裕さんがランド・ポール『国家を喰らう官僚たち』(新潮社)という翻訳本を出した。著者のランド・ポールは次期大統領候補の共和党上院議員で若き保守派の旗手。肥大化した官僚支配を激しく批判して、「小さな政府」を徹底して進めることを主張してきた。その彼が、アメリカの官僚主義の実態を明らかにした本なのだが、ブラックコメディーかと見紛う不条理にして狂気じみたエピソードの連続に驚かされる。

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たとえば、10代の若者がウサギの飼育を行って2009年に440羽のウサギを販売して200ドルの利益がでた。もう興味がなくなったのでやめようと思っていたところに、ある日突然、農務省の役人がやってきて査察を行い、その後「動物保護法」に違反しているので罰金を払えという通知が来る。その額が390万ドル! 日本円で約4億数千万円である。


また、ある夫妻は夏を過ごすために2万3000ドルで購入した分譲地に、家を建てるために土地に砂利や盛り土を入れ始めると、環境保護庁がやってきて「湿地」の上に「盛り土」をするのは「水質清浄法」に違反しているとして、建設の停止を求められるとともに、一日につき3万7500ドル(約450万円)の罰金を科された。しかし、この地区は池にも川にも面しておらず、全国の湿地目録にも含まれていないのだが、環境保護庁が湿地だといえば「湿地」になってしまう。


また、こんなのも。2009年のある日、老舗のギター・メーカーのギブソンの工場に、自動小銃や防弾チョッキで完全武装した30人の特殊部隊が突入し、従業員らを退去させ、ギターの原材料となるマダガスカル産やインド産の木材数十万ドル相当を押収した。べつに工場内でテロ計画が行われていたわけでも、ギターに密売麻薬が仕込まれていたわけでもなく、行われていたのは通常どおりのギター製作だった。


この事件はあのギブソンということもあって、日本でも報じられた。「レイシー法」という植物を国際間で取引する場合の輸出入や販売などを取り決めた悪名高い法律にギブソン社が違反したかどで魚類野生生物局から差し押さえを受けた、というニュースで、そのまま読むと、まあ仕方ないのかなとも受けとれるような報道だったが、現実は仕方ないどころか、まったくもって理不尽な言いがかりでしかない実態が本の中で暴露されている。内容はややこしいので、ここでは省略する。


驚かされるのは、このとき突入した「特殊部隊」の所属が魚類野生生物局だったということだ。なんで魚類野生生物局が武装化しているのか不思議な気もするが、アメリカでは魚類野生生物局だけでなく、農務省も、環境保護庁も武装した特殊部隊を備えているという。米政府には武力を行使できる官庁や機関が38もあるのだという。官僚が武装化しているのだ。予算にしても桁外れで、農務省ひとつとっても1500億ドル(約18兆円)で職員の数は10万。参考までに日本の農水省の予算は2兆5000億円、職員数は約2万4000人。国土面積や人口の差を考慮しても、米国の農務省の規模は桁外れだ。


そこまで肥大化した政府機関とそれを支える官僚機構が、自分たちの権益を守るために、つぎつぎとパカげた規制をつくり、国民に奉仕するどころか、いかに国民を虐待し、やりたい放題をくりかえしているか。その正気を失ったアメリカの現実が明かされる。それは自由があるがゆえの一部の歪みであり、アメリカが「自由の国」であることにはちがいないと言われる向きもあるかもしれないが、この本を読むと、グローバル化や新自由主義といった言葉から連想される自由放任のアメリカというのもまた幻想であり、一方でアメリカが本来の自由主義から日々遠ざかっていることがよくわかる。


浅川さんのあとがきによると、ランド・ポールは自身の立場を「立憲保守派」と呼び、国家の過剰な介入や官僚の越権行為には断固反対で、「自由と財産を侵害する他者が登場すれば、いつでも武力で対抗できるのがアメリカ国民に与えられた神聖不可侵の権利」だと固く信じているとのこと。だから、国民皆保険にも銃規制にも反対。


このあたりは多くの日本人には、なかなか納得いかないだろうが、冷泉彰彦氏によるとランド・ポールにとって「要するに福祉というのは『出来る人間、持てる人間が自発的に行うもの』であって、自分は無償診療で無保険者を救うが(ポール氏は眼科医)、オバマの公的な国民皆保険には『絶対に反対』という」立場なのだそうだ。そのあたりのことはこの本には書いていないし、いちがいに「小さな政府」がいい、いや「大きな政府」でないと、などともいえるものではない。ただ、行き過ぎた官僚支配がいかにおぞましいものかは十分に伝わってくる。


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