« 2015年11月 | トップページ | 2016年1月 »

2015年12月

あひる商会、NHKマサカメTVに登場!(12月19日午後6時10分~)

先々月、某公共放送のディレクターから取材依頼のメールが来た。これは夏に出した『たまたまザイール、またコンゴ』のからみで、コンゴ河のドキュメンタリーを撮りたいという話かもしれない。


なにしろ、カイロ時代の友人の河江くんはエジプト考古学者になって「世界ふしぎ発見」をはじめいろんな番組に出ているし、浅川芳裕くんは農業ジャーナリストになってBSのプライム・ニュースで農水大臣と対論したりとそれぞれに活躍している。ここはひとつ先輩として存在感を見せなくてはと、ちょっと期待してメールの文面を開くと、つぎのように書いてあるーー。


「私はNHK総合「マサカメTV」(毎週土曜日午後6時10分~42分)という番組を担当しております○○と申します。現在当番組におきまして、100円ショップのグッズというテーマでリサーチを進めております。100円グッズの意外な活用術を中心に、「まさか!」と思えるようなものを紹介できたらと考えております・・・」


100円グッズ? 。。そりゃ100円ショップはたまに行くけれど、どうして100円グッズの活用術のことで、わたしに取材依頼が来るのか? アフリカの旅で役立つ100円グッズということなのかな、といぶかりながらさらに読んでいくと、こう書いてある。


「リサーチを進める中で、田中真知様のブログで、洗濯バサミとプラスチック、定規を使って本を固定するという活用術を知りました。作家ならではのこの「プチ発明」に興味を持ち、現在でも活用されていらっしゃるかなど、一度ご相談したく連絡を差し上げた次第です」


・・・なるほど。。。


件の記事を書いたのはもう五年前だ。当時もそれなりに反響があって、同じ問題で悩んでいたライターの前川健一さんからも高い評価をいただいた。いままた「発明」が評価されたことはうれしくなくはない。。。でも、あのーそのー、取材テーマがそこなんですか? そこがポイントなんですか? 河江くんのせせら笑う顔が浮かんできて、思わず宙をパンチする。


しかし思いかえせば、あひる商会誕生のきっかけは、じつはこのブックパッチンというプチ発明にある(上のブログ記事参照)。つまり、今回の件は、あひる商会が公共放送的に認められたということであり、それなら?ということで承諾することにした。また、この機会に以前のバージョンに改良を加えて、いっそうの機能性アップを図った。


撮影にあたって、この「発明」の意義を威厳を持って知的に説明するつもりだったが、ディレクターから「もうすこし、テンション高めでお願いします」といわれ、威厳も知性もおいといて、いわれたとおりにやったら「バッチリです」といわれる。そういうわけなので、たとえテンション高めに見えても、それは本当の私ではありませんからね。

Img_8897


あとで番組のウェブサイトを見たらゲストが作家の荒俣宏さんだった。昔の話だが、荒俣さんとは学生時代に知りあい、仕事のお手伝いをしたり、仕事を紹介していただいたりとたいへんお世話になった。長いこと連絡をとっていなかったのだが、こんなかたちで再会するとは。。。むこうもびっくりしたというか、たぶんあきれたと思う。でも、それは本当の私ではないですからね。


マサカメTV「100円グッズ・アイデア大変身」
放映は12月19日(土曜日) NHK総合テレビ 午後6時10分~6時42分 
再放送は12月25日 午前2時20分~2時55分
(たぶん出演時間は2分くらいです)


| | コメント (0)
|

旅の達人の思い出ーー水津英夫さんのこと

カイロに暮らしていた頃、安宿に長く滞在している旅行者をときどき招いて食事をしたりしていた。単調になりがちな日々の中で、彼らの話を聞くのは楽しかった。カイロに長くとどまるような旅行者にはユニークな人が多かったけれど、中でも水津英夫(すいつ ひでお)さんには度肝を抜かれた。彼は当時71歳のバックパッカーだった。しかし旅をはじめたのは60歳からで、外国を旅するようになったのは65歳になってからだった。以来、年金を資金に年の大半を旅に暮らしていた。


4


引退後に旅を楽しんでいるひとは珍しくないが、水津さんの旅は若いバックパッカーなみの貧乏旅行だった。聞けば、中国からインド、パキスタン、イラン、トルコ、シリア、ヨルダンと半年かけて陸路でアジアを横断してカイロまでやってきたという。とはいえ、旅の強者という雰囲気はまるでない。英語も話せないし、長旅をしているひとにありがちなお説教や自慢話の類もいっさい口にしない。小柄で、訥々としていて、頑固さとは無縁。あきれるほど力がぬけていて、いつもそこにいることをしずかに楽しんでいるというかんじだった。


でも、話を聞くと、旅の間に睡眠薬強盗にあったり、首絞め強盗にあったり、荷物を盗られたり、骨折したり、入院したりと、たいへんな目になんども遭っているのだ。しかし、それをまったく苦にすることなく飄々と旅を愉しんでいた。


Photo


インターネットなどなかったから、水津さんがどこにいるかは風の噂と、たまに届く絵葉書でしか知りようがなかった。2000年頃だったろうか、モンゴルのウランバートルで、ばったり水津さんに出くわして腰を抜かしそうになったことがある。このあとどこへ行くんですかと聞いたら、アフリカまで行けたらいいのですがといっていたが、半年位したら、ほんとうにアフリカまで行って、しかも陸路、トラックの荷台に乗ってエチオピアからケニア、そしてタンザニアやジンバブエにいって、ビクトリア滝でラフティングして溺れかけたあと、ナミビアの砂漠で素裸になって写真を撮ったというので、あきれた。このとき水津さんは80歳を過ぎていた。


Photo_2


その水津さんが亡くなって、今日(12月8日)で9年になる。幸か不幸か亡くなったのは日本だった。亡くなる2年くらい前に末期ガンが見つかって、なんどかお見舞いに行ったけれど、それでもやっぱりいつも飄々としていて、こういうひとは、サン・テグジュペリが書いているように「麦刈り男が、きちんと束に結わえあげてしまうと、自分の畑にごろりと寝転ぶようにして」しずかにこの世から立ち去るのだろうなと思っていたが、そのとおりになった。


6255894
森信雄さん撮影

 

水津さんについては、いまはなくなってしまった「旅行人」誌に折にふれて書いてきた。それはただ風変わりな旅行者の個人的な思い出にとどまるものではない。ぼくにとって水津さんは、先日亡くなった水木しげるさんにも似て、いいことがあろうが悪いことがあろうが、いつだって飄々とした楽観主義をもって生きられることをおしえてくれた旅の先生のひとりだ。もちろん、だれもが彼のように生きられるわけではないし、生きる必要もないけれど、旅先で偶然、水津さんに会ったことのある人たちの中にも、彼の、気負いや、思い込みや、うそのない生き方に影響されるひとは少なくなかった。


これまで水津さんについて書いた記事はむかし「旅の仙人、水津英夫、おおいに語る」というサイトを作って、このブログの横にリンクを張ってある。とくにインタビューはとにかく面白いので、まだ知らない方は読んでくださるとうれしいです。また、水木しげるさんの「幸福の7カ条」というのが話題になっているが、水津さんはあれをすべてみごとに体現していた方だったのだと思う。その水津さんの幸福の秘訣のようなものをまとめた「旅の幸福術」という文もリンク先にあります。あと、水津さんについて書いた文章のうち旅行人誌2007年冬号に載せた追悼文だけは、ネットにあげてなかったので、9年目だからというわけでもないが、pdfにして読めるようにしました。これもよかったらどうぞ。

| | コメント (4)
|

« 2015年11月 | トップページ | 2016年1月 »