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浅川芳裕さんが 『ドナルド・トランプ 黒の説得術』という本を出した

米国大統領選決着が間近の中、ジャーナリストの浅川芳裕さんが『ドナルド・トランプ 黒の説得術』(東京堂出版)という本を出した。浅川さんは、農業分野での仕事がメインだが、もとはカイロ大学でアラビア語やヘブライ語を学びつつ、イスラム主義者の取材やらなんやらでエジプトで計6回留置場に入った経験をもつ恐れを知らない男である。


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その彼がどうしてトランプの本を? しかも、トランプへの逆風が吹いているこの時期に? あとがきにも書いているが、浅川さんはもともと共和党候補の一人だったランド・ポール上院議員に親近感を抱き、ランド・ポールの著書『国家を喰らう官僚たち』(新潮社)の翻訳を手がけたほどだった。


ランド・ポールは共和党議員の中でもきわめて理性的・現実的な人物だ。彼は「アメリカをだめにしているのはワシントンに巣くう特権階級やロビイストといった既得権益者である」という立場から現実的な議論を展開していた。ところが、そのランド・ポールが共和党の予備選で、泡沫候補と見なされていたトランプとテレビ討論で相まみえるや瞬殺されてしまった。。。


それがきっかけで、トランプとは何なのだと関心を持った浅川さんは、予備選終盤の時期に米国を訪れ、トランプの政治集会やその参加者、ワシントンのシンクタンク研究員らに広く取材した。日本のトランプ報道は基本的にCNNをはじめ米国の反トランプ側メディアの見かたを踏襲しているが、浅川氏は逆にトランプ陣営の側に身を置いて、投票所などをこまめに訪れ、そこから見えてくるものをさぐった。また、過去のトランプのインタビュ−やスピーチ動画を子細に分析し、なぜトランプがこれほどの支持をとりつけることができたのかを明らかにしようとした。


興味深いことに、トランプの基本認識はランド・ポールや、そしてクリントンに敗れた民主党候補のバーニー・サンダースらに近い。「移民出ていけ」という話ではなく、ブッシュやクリントンといった特権的エスタブリッシュメントが力を持ちすぎたことが、アメリカをだめにしている、という見方だ。しかし、サンダースもランド・ポールも、トランプのように支持をかためられなかった。それは彼らに「説得術」というノーハウが欠けていたからだという観点からまとめたのが、この本だ。


では、どのような説得術なのか。たとえば意地悪なインタビュアーに「あなたの女性の支持率は低いですね。どうしますか?」と問われたら、ふつうの候補者なら「いや、そんなことはありません」といって、それに反するデータを提示したりするだろう。だが、トランプはこう返す。


「女性は私のことが好きです。とても多くの女性が私のことを支持しています。彼らはこういいます。私たちがドナルド・トランプを好きなのは、強さを感じるからです。この国を守ってくれるからです。女性を守るだけでなく、みんなを守るので、みんなトランプが好きです」(2016.3.31 Fox Newsによるインタビュー)


答えになっていない。。。女性の支持が低いというツッコミなのに、「女性はトランプが好きな話」に変わり、最後は「みんなトランプが好き」という結論にすりかわってしまう。


これが説得術と呼べるのか? 詭弁とも呼べないではないか。事実そのとおりなのだが、こうしたやり方でトランプが支持を伸ばしてきたのも紛れもない事実だ。それがどうして通用するのか。そのことを社会心理学やアリストテレスやキケロまで引き合いに出して分析したのが、この本である。


つまり、トランプの一見支離滅裂なスピーチが、じつはダブルバインドやフレーミング、認知バイアスやバンドワゴン効果といった社会心理学の諸法則や、古代ギリシア・ローマの弁論術の原則にかなっており、トランプ自身もそうした効果を見越して、ライバル候補へのあだ名のつけかた一つをとっても、緻密な計算にもとづいて、言葉を組み立てていることを、スピーチの分析から明らかにしていく。


たとえば、トランプはわざと曖昧な文言を用い、細部を語らない。それは彼が無知だからではなく(無知もあるのかもしれないが。。)、「聞き手一人ひとりが自分の信念に応じてトランプの発言を都合よく解釈し、つくりかえていく」効果を見越しているからだという。


物語のピースをあたえることによって、聞き手がそれを勝手に解釈して、自分の物語を作っていく。単一のストーリーを強圧的に与えるのではなく、聞き手の解釈を優先し、それに応じて、次のピースをばらまいていくのがトランプのやり方だ。その意味でトランプには強固な政治信条があるわけではなく、人びとの無意識を巧みに浮き彫りにして、それを自分への支持にむすびつけていく手腕に長けているといえる。


興味深かったのは、トランプが唯一師匠と呼んでいるビンセント・ピールという人物にふれている箇所だ。ピールは第二次大戦後に活躍した国民的に人気のあった米国人牧師で、今日自己啓発やビジネス成功哲学などでよく使われる「ポジティブ・シンキング」という言葉の生みの親でもある。また、キリスト教をエンターテインメント的なショー(スピーチ)によって成功哲学とセットにして伝える、というアメリカ的なキリスト教普及のあり方を確立した人物でもある。


ピールはアメリカ的なプロテスタンティズムをビジネスやライフスタイルと結びつける強固なモデルをつくった。その意味でカーネギーなどと同様、自己啓発型処世術の元祖である。そのやり方を忠実に受け継ぎ、エスタブリッシュメントなき本来のアメリカという理念のもとで、さらに発展させたのがトランプだというのが浅川さんの分析だ。


ただ、トランプもそうであるように、ポジティブ思考とはネガティブの徹底的な否定の上に成り立つ。そこにはポジティブが善で、ネガティブが悪であるという強固な二元論がある。つまり、ポジティブ思考の背後にはつねに恐怖がある。ネガティブなものへの強迫観念が、熱狂的なポジティブの礼賛へと結びついている。トランプが「移民」や「テロリスト」への恐怖をあおることによって、みずからのポジティブな印象を強化し、支持に結びつけようとしてきたのはいうまでもない。そして、それが機能してしまう社会的背景がアメリカにはある。


人をすぐ動かすのにもっとも効果的なのは恐怖である。政治とは本質的に、恐怖を背景に暴力をちらつかせることで成り立っている。この本は、トランプの説得術の緻密さを知ることで、アメリカに連綿と流れてきたポジティブ思考や成功哲学の背景に恐怖があること、さらに、その恐怖によって、いともかんたんに大衆が動かされてしまうことをリアルに感じさせてくれる。


成功哲学やポジティブ思考は、結局のところ、洗脳にほかならない。洗脳する側としてこのトランプの「説得術」を用いるか、それとも洗脳されないために用いるかは読者の自由だ。その意味で、この本はトランプの手の内を明かすことによって、逆説的に、自己啓発や成功哲学への辛辣な批判にもなっている。



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