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むすこの帰省、Y君のこと

3年前に就職して九州にいるむすこが正月に帰ってきた。盆と暮れに、たいてい一晩、うちに来る。今年は焼酎のお湯割を飲みながら、さいきん聞いている音楽を互いに聞かせあったりして夜を過ごした。いまはブラックミュージックが好きだといい、お気に入りのRobert Glasperなど聞かせてくれる。自分もさいきんはWeekndとか好きなので、すこし話が合う。どちらの音楽にも、どこかかわいたもの哀しさがある。焼酎がなくなると、残っていたワインを飲み、それもなくなるとお湯を飲みながら、音楽を聞きながら話す。


学生の頃、終電がなくなると渋谷の雑居ビルに住んでいた友人のY君の部屋にころがりこんだ。狭い四畳半の角にウッドベースがたてかけられていて、棚はおびただしい数のレコードで埋まっていた。飲むと、Y君は死体洗いのバイトをしていたときの話や、密航してアメリカにわたったときの話などをした。淡々とした口調で、細部にいたるまで生々しい話にはいくたびとなく驚かされた。それらがすべてホラだったことに気づいたのは、何年もたってからのことだった。


話をしながら、Y君は棚からジャズやプログレのレコードをひっぱりだしてかけた。マイルスもビル・エバンスもウェザーリポートも、リッチー・バイラークのパールも、キース・ジャレットの弾くマイ・バック・ペイジズも、彼の部屋で初めて聞いた。トースターで焼いてくれる厚揚げもおいしかった。


彼の部屋で朝を迎えたことは通算すればおそらく一ヵ月以上になる。いま思えば、それはY君のいる空間の居心地のよさに惹かれていたのだと思う。口は悪いし、辛辣だったが、それは繊細さの裏返しであることはわかっていたから、まったく気にならなかった。だから、渋谷の交差点で酔って車にはねられたときも、病院にいかずにふらつきながらY君の部屋へいった。事故をネタに飲んだ酒はなによりの癒しになった。もっとも翌朝起きたら体中痛かったけれど。


明け方、空が仄かに明るくなる頃、Y君はよくチック・コリアとゲイリー・バートンのクリスタル・サイレンスをかけた。その透明な音楽は、都会が夜から朝へと変わるときの、わずかなしじまにびったりだった。


むすこと話しているときに、そんな昔のことをふいに思い出し、まだ夜明けには2時間ほど早かったけれどクリスタル・サイレンスをかけた。そして、こうしていろんな話ができたことをうれしくおもうし、それを口に出していえる場所と時間が持てたこともうれしく思う、と彼にいった。そんな反応に困るおやじの感傷をさりげなく受けとめ、流してくれたこともありがたかった。


たとえ、いっしょの時間を過ごしていようと、そういうことを口にできる機会はなかなかないし、気づくのもずいぶんあとになってからだったりする。Y君にも、そのことを伝えたかった。あの部屋ですごした時間がどんなに豊かで、かけがえなく、自分にとって救いになっていたか。でも、そのことを十分伝えられたかどうか確信が持てないうちに、きみは世を去ってしまった。今年はきみの墓参りにでかけようとおもう。



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