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2017年7月

辻邦生「夏の砦展」へ

学習院大学史料館で開催中の辻邦生「夏の砦展」へ。『夏の砦』は当時河出の名物編集者だった坂本一亀氏(坂本龍一のお父さん)に2度書き直しを命じられて、それでもめげずに書き上げられた原稿用紙にして700枚ほどの作品で、森有正は「この小説にはいつも夏が燃えている」と述べたという。小説の背景や、辻さんをめぐる人間関係などをしめすパネルが展示されていたが、いずれも本当に辻作品が好きなのだなということが伝わってくるデザインだった。

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だが、なにより圧倒されたのはB4の紙の裏に小さな文字でびっしりと書かれた草稿だ。辻さんは大量に書く人だった。作品になるかならないにかかわらず、つねに、だれにもいわれることなく「ピアニストがピアノを弾くように」大量の文章を書きつづける人だった。その「つねに書く」という行為が、結果的に作品に転じたということだ。作品にするために書くのではなく、書きつづけたから作品になった。同義反復のようだが、じつはその意味するところは真逆だ。辻さんの草稿やメモを見るのは初めてではないが、今回はあらためて打ちのめされた気分だった。


「真昼の永遠の光の下で目をさますために、深いねむりに入りたい」というのが『夏の砦』の主人公の冬子の最後のことばだ。「真昼」というのは辻さんのキーワードのひとつだ。彼には『真昼の海への旅』という小説もあって、これは「大いなる真昼」と名づけた帆船で若者たちが世界を旅する一見海洋冒険小説のような哲学小説だ。「大いなる真昼」とはニーチェのツァラトゥストラにでてくることばだ。その真昼というのは、何の影もないあけっぴろげの真昼ではなくて、死や虚無や深い闇とともにある。

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辻さんは明るい人だったし、ヨーロッパを扱った一見ロマンティックな作品が多いので、どこかスノッブに見られたり、どちらかというとやわな印象をもたれるところもあった。しかし、自分はそういうふうに彼の作品を読んだことがなかったし、むしろ蒸溜されて透明感はあるものの、わずかに火の気があればたちまち気化して、あたりを焼き尽くすかのような生命力をかんじていた。


辻さんから直接聞いた話だが、取材でたしかセネガルを訪れたとき、日本大使館で日本人の2人組の若者に「辻先生ですよね」と声をかけられたそうだ。彼らはアフリカの大河を丸木舟で河口から源流までさかのぼるという旅をしていて、これからニジェール川を遡る計画だといったという(あるいは遡ったあとだったか?)。彼らに「ぼくたちの舟の名前はなんていうと思います?」と聞かれたので、辻さんが「なんていうの?」と聞いたら「〈大いなる真昼〉っていうんです」といわれてぴっくりしたという。1980年代後半の話だ。当時はインターネットもなかったので、その2人がどんな旅をしたのかそれ以上わからない。でも、ひょっとしたらその後自分がザイール河を下ることになったのは、このとき聞いた話がこだましていたこともあるのかもしれない。もっとも、自分たちが下ったときに舟につけた名はボーゼン号だったけれど。


中途半端をおそれないこと。人生はかならず中途で終わる。つじつまを合わせようなどと思わないこと。どんな人生だってつじつまは合っていない。なぜか、そんなことを思った展覧会だった。

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