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2017年8月

『〈帰国子女〉という日本人』がおもしろい

STUDIO VOICEの元編集長で映像作家でもある品川亮さんの新刊『〈帰国子女〉という日本人』(彩流社)がでました。帰国子女というと「語学堪能だが人間関係の機微には頓着せず、理屈だけで物事を処理する人」とか「優秀だけど腹立たしい人」とイメージされやすい。しかし、「だから同調圧力や異質なものへの許容性が低い日本では帰国子女は生きづらい」といったようなありきたりな話になっていないところが、この本のおもしろいところ。

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タイトルからすると、何人かの帰国子女にインタビューしたルポルタージュを想像されるかもしれない。たしかに、インタビューや取材の成果は盛り込まれているが、それ自体が目的なのではない。この本は、自身、ペルーで少年期を送った帰国子女であった品川さんが、自分の経験をふりかえりながら、帰国子女というあいまいなものの正体をさぐっていった自伝的論考なのだ。といっても具体性に富んでいて読みやすく、ときに映画のように臨場感がある。リマの日本人学校や、帰国子女枠で入学した慶応義塾高校での生々しい経験など青春小説のようにひりひりする。これを読んだらけっして慶応義塾高校には入るものかと思う。


この本は帰国子女とはこういうものだというのではなく、帰国子女という類型化がどのように生じて、それはなにを意味しているのか、という社会学的な問いにむかって開かれている。「他民族、多言語国家だったら、マイノリティという概念はあっても、〈帰国子女〉という概念はなかったにちがいありません。多くの人たちが移民であるような社会では、あたりまえのことですが、外国で生活したということは何の意味も持ちえません」とあるように、帰国子女とはそれを概念化せずにはいられない日本の社会のありかたをあらわしている。帰国子女とは、われわれが無意識にもっている「日本」というあいまいな枠組みに気づくための手がかりなのだ、と本書を読んで思った。


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オープンダイアローグの「不確実性に耐える」をめぐって

オープンダイアローグの創始者のヤーコ・セイックラ氏と精神科医のビルギッダ・アラカレ氏の来日講演会が東大の安田講堂であった。


オープンダイアローグとはフィンランドで開発された対話をベースとした新しい精神療法(興味ある方は検索すれば、いろいろ出てきます)。画期的なアプローチとして一部で脚光を浴びている反面、日本での展開にはさまざまな困難もある。画期的といっても、そこでいわれているのは「患者本人のいないところで患者のことを決めない」とか「患者の話をよく聞く」とか、そのほとんどは拍子抜けするほど「あたりまえ」に聞こえることばかりだ。逆にいえば、そういうことがほとんどなされていなかった従来の精神医療の現場が、どれだけ異常だったかということだ。


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オープンダイアローグの基本的な考え方のひとつに「不確実性に耐える(Tolerate Uncertainty)」というのがある。この日もセイックラ氏はそのことにふれて、「これは治療ミーティングでいちばん大切なことです。正しい答えがあるわけではなく、つねにこれでいいのかという不安や恐怖に耐えて、そこで安心感をどう増やしていけるかを考える。それはエビデンス主義とか、専門家がすべてをコントロールするという前提に立つ治療のメインストリームとは真逆です」と語った。


「不確実性に耐える」とは、個人的にはアフリカの旅そのものだ。以前そのことをからめて「コンゴの旅とモヤモヤするマインドフルネス」というテーマで話をしたことがある。


患者のことをいちばん知っているのは医師ではなく患者自身だ。ただ、患者本人が、自分について知っていることにたどつりつけない。自分を語る「言葉」を見つけられない。その言葉を見つけるために、患者によりそって対話の場所をつくるのがオープンダイアローグ(ということなのかな?)。そこでだいじなのは、変化を促すことではなくて、あくまで対話の空間を深めていくこととされる。


だが、そのためにスタッフに必要とされる専門性とか、経験値とか、知識とか、自信といったものは、ともすればその理念とは相反するタテの権力性につながりかねない、というパラドクスをはらんでいる。だからこそ、安全感の確保された対等な関係が意識されなくてはならない。


それはわかるのだが、権力というのは上にいるものにとっても下にあるものにとっても快楽をもたらす。社会では多くの場合、安全や安心がタテの権力性によって保証されてきた、もしくは保証されていると思い込まされてきた。その中にあって、対等なヨコの関係が安心安全にむすびつくというのを受け入れるのに抵抗のあるひともいるだろう。


たとえば、「あなたのことは、すべてわかっています。安心してください」といわれるのと、「あなたのことは、さっぱりわかりません。安心してください」といわれるのでは、どちらが「安心」できるだろう。前者はタテの権力性の中の発言であり、後者は対等である。あるいは前者があなたを「症状」や「事例」として見ているのにたいして、後者はあなたを「人間」として見ているともいえる。「あなたのことは、わかっています」という新興宗教の教祖っぽい言い方からは、自分をまるごと権力に明け渡すことで安心感が得られるかわりに、依存関係は強化される。


かといって、「あなたのことは、さっぱりわかりません。安心してください」といわれて安心できるひとはあまりいないだろう。医師とは「わかっているべき人」だと、患者が思い込んでいるからだ。だから、医師と患者、あるいは親と子、先生と生徒、上司と部下でもいいが、そういう関係性においては、どうやっても権力性が介在し、その権力性に双方が依存している。それが双方にとって都合よく機能すればよいが、この権力構造そのものによって不具合が生じている場合、「対等」になるためにその関係性をゆるめなくてはならない。それには「患者はこういうものだ」「医師はこういうものだ」という双方の「わかった」を手放さなくてはならない。


「わかった」あるいは「わかったつもり」は権力性や暴力と快楽をともにもたらすからややこしい。「あいつらはテロリストだ」というとき、「あいつら」のことは「わかっている」し、「テロリストは悪い」ことも「わかっている」という前提がある。本当はちっともわかっていないものを「わかったもの」に仕立て上げて排除・支配して、安心という快楽を得る。それはわれわれ自身、気づかずに無意識にやっていることだ。それを自分自身に向けて行いつづければ、ほんとうは「わかっていない」自分のありかたがなんとなく「わかった」もののような気がしてきて、要するに自分で自分をだましていることにすら気がつかなくなって、心身が機能不全を起こしていく。


「不確実性に耐える」とは、こういう「わかった」あるいは「わかったつもり」を手放すことなのだろう。患者を前にして、その症状だけを過去の事例に還元して「おまえのことは、するっとまるっとお見通しだ!」(ちと古い。。)といいたくなる誘惑をおさえて、「あなたのことはさっぱりわかりません。でも、時間はかかるかもしれないけれど、あなたの言葉をいっしょにさがしてみましょう」といって、そのひとの経験の独自性をうきぼりにしていくということなのだろう。それはすっきりしないし、不安だし、怖いことだけれど、それでもきっとなんとかなるだろうし、ならなくてもまあいいやくらいの気持ちで、安心してモヤモヤしよう、ということなのだろう。


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『リベリアの白い血』を観た

一週間くらい前に渋谷のアップリンクで『リベリアの白い血』という映画を見た。西アフリカのリベリアのゴム園で過酷な労働をしていた男性が、移民した従兄弟をたよってニューヨークへわたり、そこで経験する理想と現実が扱われている。こんなコアなテーマを取りあげたのが日本人監督であり、しかもカメラマンが撮影中に感染したマラリアで亡くなったという衝撃的な話をさしひいても、とてもていねいにつくられたいい作品だった。


過酷なゴム採集の労働に従事する主人公はアメリカにわたった従兄弟がいることで村の仲間から、うらやましがられ、事あるごとに「アメリカでは月いくら稼げるのか」とか「おまえもいつかはアメリカに行くのだろう」とやっかみをいわれる。実際には従兄弟をとおして、アメリカの暮らしがけっして楽ではないことは知っている主人公だが、それを仲間に納得させられない。過酷な搾取構造の最底辺にいる者にとって、アメリカが理想の楽園に見えるの無理もない。結局、主人公はニューヨークへわたるのだが、そこで待っていたのは、よそよそしく苦い現実だったーー。


前半はリベリア、後半はニューヨークが舞台。リベリアのパートはアフリカの暮らしのリアルな感じがよく出ていた。科白も現地語だ。後半のニューヨークのパートは、リベリア内戦の話を取り入れることでストーリーに変化をつけている。


主人公はニューヨークのリベリア人コミュニティに迎え入れられる。実際、米国では国や民族集団ごとにコミュニティがある。以前コーネル大の教授から聞いた話では、ワシントンDCではタクシードライバーはナイジェリア移民の1世、ニュージャージーのガススタンドのオーナーはインドのシーク教徒、カリフォルニアのドーナツショップはインド系といったように各マイノリティ集団が特定の業種を独占しているという。リベリア・コミュニティがどういう位置づけなのかはわからないが、それぞれのコミュニティはレイヤーのように、それぞれのニューヨークを生きていて、その内側は外からはなかなかわからない。そうした見えにくい現実に光をあてたという点もこの作品の画期的なところだ。


こういう映画を見ると、いったい「アメリカ映画」とか「フランス映画」とか「ドイツ映画」といった日本で当たり前のように使われている国家別の映画のくくりに、どれほどの意味があるのかと思う。たとえばノルウェーに移民したレバノン人が、そこにやってきたシリア難民を扱った映画をつくったとすれば、それはどこの国の映画になるのだろう。そういうカテゴライズそのものが、もはや意味をなさなくなっている。『リベリアの白い血』を日本映画ということはほとんど意味がない。この前、中東映画研究会で見た『辛口ソースのハンス一丁』というドイツ映画もそうだった。その話はまたこんど。


話はもどるが、『リベリアの白い血』のモチーフにもなっているゴム採取はアフリカにとって因縁深い。100年以上前、ベルギー王レオポルドの私領地だった「コンゴ自由国」では、ゴム採取のノルマを達成できない人夫は見せしめに手首を切り落とされた。やがて見張りたちは自分が仕事をしていることを白人長官にアピールするために、人夫たちの手首だけを切り落としてもっていくようになり、のちにその実態が暴露されてスキャンダルになった。アフリカのゴム採取にはそんな暗い記憶がつきまとっている。ともあれ『リベリアの白い血』、おすすめです。(´Θ`)ノ


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