« オープンダイアローグの「不確実性に耐える」をめぐって | トップページ | エジプト映画「ヤギのアリーとイブラヒム」 »

『〈帰国子女〉という日本人』がおもしろい

STUDIO VOICEの元編集長で映像作家でもある品川亮さんの新刊『〈帰国子女〉という日本人』(彩流社)がでました。帰国子女というと「語学堪能だが人間関係の機微には頓着せず、理屈だけで物事を処理する人」とか「優秀だけど腹立たしい人」とイメージされやすい。しかし、「だから同調圧力や異質なものへの許容性が低い日本では帰国子女は生きづらい」といったようなありきたりな話になっていないところが、この本のおもしろいところ。

21034392_10210493606161385_72905548


タイトルからすると、何人かの帰国子女にインタビューしたルポルタージュを想像されるかもしれない。たしかに、インタビューや取材の成果は盛り込まれているが、それ自体が目的なのではない。この本は、自身、ペルーで少年期を送った帰国子女であった品川さんが、自分の経験をふりかえりながら、帰国子女というあいまいなものの正体をさぐっていった自伝的論考なのだ。といっても具体性に富んでいて読みやすく、ときに映画のように臨場感がある。リマの日本人学校や、帰国子女枠で入学した慶応義塾高校での生々しい経験など青春小説のようにひりひりする。これを読んだらけっして慶応義塾高校には入るものかと思う。


この本は帰国子女とはこういうものだというのではなく、帰国子女という類型化がどのように生じて、それはなにを意味しているのか、という社会学的な問いにむかって開かれている。「他民族、多言語国家だったら、マイノリティという概念はあっても、〈帰国子女〉という概念はなかったにちがいありません。多くの人たちが移民であるような社会では、あたりまえのことですが、外国で生活したということは何の意味も持ちえません」とあるように、帰国子女とはそれを概念化せずにはいられない日本の社会のありかたをあらわしている。帰国子女とは、われわれが無意識にもっている「日本」というあいまいな枠組みに気づくための手がかりなのだ、と本書を読んで思った。


|
|

« オープンダイアローグの「不確実性に耐える」をめぐって | トップページ | エジプト映画「ヤギのアリーとイブラヒム」 »

コメント

田中さま
 かなり遅目の亀レスにて失礼します。
 主張されている点は、概ね「その通り」と同意します。
 「帰国子女」とは、彼等彼女等を問題視する人々が「無意識の裡に推奨し、その維持継続を推進する日本の社会秩序の特異性を、裏側から炙り出す一種の『キーワード』なのだ」と推察します。

 ネット上に面白い呟きを発見しましたので、勝手に紹介させて下さい。かなり以前の呟きです。

 「人間は少しづつ変えられる。教師が貴方に直立不動の『気を付け』『前へならえ』を言って、徐々に従わせたように。
 帰国子女には、そう云う調教的な技が通用しないから、普通の学校では問題になるケースが多い。人間は序所に改造されていく。」

 田中氏の主張と、ほぼ軌を一にした呟きです。余計な御世話、失礼しました。お元気で。

投稿: Yozakura | 2017年9月22日 (金) 09時08分

>Yozakuraさま

おひさしぶりです。
ある違和感に言葉をあてることによって、われわれはその違和感を既成の秩序に位置づけるということをやっています。それは社会生活のうえでは必要なことなのですが、それはあくまで社会の約束事、フィクションでしかないということを忘れてしまうと、ただの抑圧装置になってしまいます。

帰国子女という言葉は日本社会のありかたを示す絶妙なネーミングだと思うのですが、それが実体だとかんちがいされてしまうときに問題が起きるのでしょう。

投稿: 田中真知 | 2017年9月22日 (金) 11時18分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« オープンダイアローグの「不確実性に耐える」をめぐって | トップページ | エジプト映画「ヤギのアリーとイブラヒム」 »