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アフリカを撮りつづけた大塚雅貴さんのこと

たいへん残念なお知らせです。友人のカメラマンの大塚雅貴さんが、コンゴ民主共和国で取材中、不慮の事故で亡くなりました。


大塚さんは8月初めにキンシャサ入りし、コンゴ河上流にむかって移動しながら取材をすすめていらっしゃいましたが、8月25日の夕方、バイクで移動中の小休止の折、突然倒れてきた大木の下敷きになり、その後まもなく亡くなられたということです。念願のコンゴの森の中で取材を進めているさなかの、突然の、それも確率的にも、ほぼありえないようなできごとに、いまだに現実感がありません。


大塚さんはサハラ砂漠の奥地で、遊牧民たちと生活をともにしながら、長期にわたって撮影をつづけるというスタイルで20年あまり仕事をされてこられたサハラ取材の第一人者です。2年前にはキヤノンギャラリーで巡回写真展も開かれています。過酷な自然のただなかで、じっくり撮影をするタイプの写真家が少ないいま、文字どおり命がけで写真に取り組んできた希有な方でした。


大塚さんと知りあったのは20年前のカイロでした。野町和嘉さんの助手としてサハラ取材に同行したことから、現地の言葉や文化を理解した上で写真を撮りたいということで彼はカイロにやってきました。しばらくエジプトに滞在して、アラビア語を学びながら、デルタ地帯の農民の撮影などをされ、その後は、サハラの遊牧民から雲南の棚田風景まで、生々しい自然とそこで生きる人びとを中心に世界のさまざまな場所で撮影を続けられました。


大塚さんの写真には沈黙を余儀なくさせるような厳粛で、深いしずけさがありました。なにか途方もない光景を目にしたときに、一瞬すべてのことばがやんでしまうような、そんな「とき」がとらえられていました。「美しい」とか「すごい」とかといったことばが立ち上がる前の、かすかな瞬間。彼の写真集『SAHARA 砂と風の大地』(山と溪谷社)には、そんな、はかなくも永遠につながっているような瞬間が無数にとどめられています。


リビア、マリ、ニジェールなどで長年にわたって撮影をつづけてこられた大塚さんですが、アラブの春以降、サハラの治安は急激に悪化し、取材も困難になってきました。しかし、ライフワークともいえるサハラがそんなありさまになっても、大塚さんは国内はもちろん、中東、アジア、ヨーロッパ、オーストラリア、北米、そして国内と、各地で淡々と撮影をつづけられていました。


そんな彼から電話をもらい「コンゴに行きたいんです」と告げられたのは昨年9月の半ばでした。砂漠のような乾いた世界を撮りつづけていた彼が、真逆ともいえる熱帯雨林の世界を撮りたいとは意外でしたが、じつは以前からずっと行きたいとおもっていたとのこと。大塚さんの静謐なまなざしで、あの饒舌きわまりないともいえる森と大河の世界を撮ったらどうなるのだろうと想像するとわくわくしてきて、さっそく力になってくれそうなコンゴ関係の友人を紹介しました。


大塚さんは、その後こつこつと準備を進めて、8月の初めに首都のキンシャサに入り、そこからコンゴをフィールドとする研究者の方々に同行して上流のキサンガニに向けて河をさかのぼるルートで取材をすすめられていました。そのさなかの事故でした。


大塚さんはこれまでにも取材中に拘束されたり、身ぐるみ剥がされたりという目にあいながらも、その都度切り抜けて来られました。コンゴも治安はけっしてよくありませんが、紛争やテロに巻き込まれたわけでも、強盗に襲われたわけでも、風土病にかかったわけでも、交通事故にあったわけでもなく、「まさか」としかいえないような偶然で命を落とされたことに、いまだ混乱をおぼえます。


すこしだけ救いを感じるとすれば、森の中での最後の小休止のとき、大塚さんは、なにかこころひかれるものを見つけて、それを撮影しにいったことです。それがなんだったのか、写真を見たからといって、けっしてわからないでしょうが、いつか機会あるならば、彼の目に映っていたコンゴ河や熱帯雨林の風景を、のこされた写真をとおして見ることで、彼が見つめていたものに、ほんのわずかでも近づくことができればとおもいます。そして、大塚さんのことを知らなかった方には、ぜひ彼の美しいウェブサイトや写真集を見てみていただければとおもいます。

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