楽器

楽器になった砲弾のこと

先日、平沢進のライブに行った。平沢進という人はYMOと同じ頃に結成されたP-MODELというテクノバンドのオリジナルメンバーで、東南アジア民謡とテクノと教会音楽をいっしょにしたような不思議な音楽をつくっている。

気持ちに喝を入れたいときによく聴くのだが、ライブに行くのは初めてだった。そのライブもCGを駆使したロール・プレイング・ゲームみたいになっていて観客の反応によって進行や結末が変わるという不思議なものだった。

ライブが終わってアンコールの拍手が鳴ると、しばらくして本人が出てきたのだが、「アンコールはしない。ひとつのストーリーが完結したので、その雰囲気をこわしたくない」といい、それから「起立」と号令をかけた。観客がガサガサと立ち上がると、つづいて「まわれ右、解散!」といって、そのままステージをあとにした。観客に迎合しないサービス精神がかえって新鮮であった。

以上、近況報告。ここから話は変わる。


エジプトに暮らしていたとき、ガイドをしていた関係で、サッカラやルクソールにある古代エジプト時代の墓によく入った。墓の内部の壁には、古代エジプトの神々やら、儀式の場面などが極彩色で描かれている。お祭りや儀式の場で、音楽を演奏している楽士たちの姿が描かれていることもある。

演奏に使われている楽器はハープや笛、ギターのような弦楽器、タンバリン、太鼓など。だが、これらの楽器で、どんな音楽を奏でていたのかとなると、よくわからない。古代エジプトの音楽の研究というのはないわけではないのだけれど、なにしろ3000年以上も昔の話で、譜面も残っていない。壁画をもとに楽器を復元し、現代のエジプト民謡などをもとに、当時の音楽を想像してみたCDというのもあるにはある。ただ、何枚か聞いてみたものの、本当にそんな音楽だったのかどうかは疑わしい。

古代エジプトで使われていた楽器の一つにシストラムというのがある。これはいってみればマラカスのようなものだ。握り柄の先に、丸い金属製の輪っかがついていて、そこに張りわたされた針金に金属片が通され、ふりならすとシャンシャンと音をたてる。下の絵で女の人が手にしているものだ。

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ちなみに、前の女性がもっているラッパのようなものはハスの花であって、楽器ではない。また、この女性の頭の上に、もっこり突き出たコブのようなものがあるが、これは固めた香料だとされている。音楽を奏でている女性の頭には、よくこれがのっかっている。下の絵でもそうだ。

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頭の上に香をのせておくと、しだいに体温で香が溶けてきて、からだをよい香りで包んでくれるのだと、古代エジプトについての本には書いてある。けれども、頭をかたむけたら、落っこちてきたりはしないのか。溶けてどろどろになった液体が顔に垂れてきたりしないのかとか心配にもなる。ともあれ、彼女たちは楽士であるとともに、生きたアロマポットの役割をも果たしていたわけである。

話がそれたが、このシストラムという楽器は、発掘されたものをカイロ博物館でも見ることができる。

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面白いのは、これとほとんど同じ形をした楽器が、いまのエチオピア正教の典礼で使われていることだ。

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坊さんたちは、こぶしの効いた歌をうたいながら、この楽器をふりならす。それを聞いていると、古代エジプトの楽士たちも、こんなふうな歌をうたっていたのかもしれんな、という気もしてくる。

実際、壁画などに残された古代エジプトの宗教儀式とエチオピアに伝わっている典礼の形式には似ているところがあるし、失われたエジプトの伝統がエチオピアで受け継がれていたという見方もないわけではない。

何年か前には、このテーマで藤岡弘探検隊による特番のテレビ番組がつくられたそうだ(「エチオピア奥地3000km! 幻の白ナイル源流地帯!! 古代裸族に人類の原点を見た!!」)。ぼくはこの番組は観ていないのだけど、エチオピア南部の民族文化の研究をしている人類学者のlalombeさんが、それについて手厳しい批評をしている。

lalombeさんの紹介によると、藤岡探検隊は、エチオピア南部のドルゼ族が葬儀の際に楽しそうに踊っていることや、彼らの衣装の中にヒョウ柄のものがあることを発見したという。藤岡隊の推理によると、古代エジプトでも死は喜びであり、またエジプトの神官はヒョウ柄の衣装をまとっていたことから、ドルゼ族は古代エジプト文明を受け継いでいることが裏付けられるということらしい。

探検隊が見つけた「証拠」はほかにもある。エチオピア南部に住むコンソ族のビール作りの様子は、古代エジプトの壁画にあるビールづくりの場面に似ている。また、コンソで行われている養蜂は、古代エジプトでも行われている。このことからも、コンソをはじめ、エチオピア南部に暮らす人びとが、古代エジプト文明を受け継いでいる可能性は高いというわけである。

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この結論が学問的に見てどうなのかはlalombeさんのサイトを見てほしいのだが、これで通用するのならば、古代エジプト文明を受け継いでいるのは、インドネシアのバリ島の人びとだといったって説得力がありそうである。

「証拠」だってある。古代エジプトでは、神々の前でたえず香を焚く習慣があったが、バリでも、一日になんども神々にたいして香を焚く。また、エジプトでは死は喜びだったが、バリでも葬式は大々的なお祭りである。また古代エジプトのお供え物は、かならずてんこもりにされている。

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バリでも、お供え物をてんこもりにする習慣がある。

Bali


さらに、古代エジプトはすぐれた石造建築の技術と、手先の器用な細かい細工の技術をもっていたが、これもまたバリ島にあてはまる。
問題は、どうやってエジプトの文明がバリに伝播したかだが、これだって古代エジプトがすぐれた航海技術をもっていたことなどを引き合いにすれば、なんとかなりそうだ。ただ、そうなると、バリでなくても、インドでもカンボジアでもよさそうだな。

話はシストラムに戻る。エチオピアを訪れたとき、アディスアベバの店で、このシストラムが売られているのを見つけて、記念に一つ購入した。エジプトの自宅に戻り、しばらくこの楽器を飾っておいたのだが、しばらくして「あれ?」と思った。

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目がとまったのは、その柄の部分である。

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そうなのだ。よく見ればわかるように、これは砲弾の薬莢だったのである。兵器のことはよく知らないが、底部の直径を測ってみると、ちょうど20ミリあった。20ミリというとコブラやF−15の機関砲などに使われているものと同じだ。

エチオピアは1990年代の初めまで、長年にわたる内戦にさらされていた。その後、ぼくが訪れたときにもで、内戦に用いられた戦車の残骸を北部や東部の随所で見かけた。この砲弾もそうした名残なのだろう。それにしても、よりによって宗教儀式で使う楽器の材料に、ひとの命を奪っているかもしれない砲弾の残骸を用いるとは−−。

だが、考えてみれば、人殺しの道具である砲弾が、楽器に作り替えられるというのは、なかなか気が利いているともいえる。なにより戦争にたいする強烈な皮肉ではないか。もちろん、このシストラムを作った人は、地面に散らばっている薬莢を見て、単純に「こいつは使える」と思っただけだと思うが。

しかし、武器の残骸を楽器としてリサイクルするというアイディアをおしすすめれば、スパイスのきいた反戦キャンペーンになりそうだ。たとえば、地雷をつかって太鼓をつくる、自動小銃を改造してギターにする、手榴弾でマラカスをつくる、長さのちがう砲弾の薬莢をならべて鉄琴にする、ミサイルの内部をくりぬいて巨大な管楽器にする。人が歌うのではなく、人の手によってつくられた武器に歌わせるのだ。

なにしろ材料なら世界中に、いくらでも転がっている。それらを集めては、片っ端から楽器に改造する。そして、そんな楽器ばかり集めて反戦コンサートをする。ジョン・レノンが生きていたら、面白がってくれたかもしれないなあ。

 
 
 
 

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*恋するディジュリドゥ

友人のボーカルの女性がライブをすることになり、その手伝いをたのまれた。手伝いといっても切符のもぎりではない。ゲスト・ミュージシャンとして参加してほしいというのである。楽器は最初キーボードとのことだったが、自分としては、このところ練習を怠っていたディジュリドゥを吹きたいと希望した。

ディジュリドゥとはオーストラリア原住民の伝統的な楽器である。楽器といっても構造はじつに単純で、シロアリが食い荒らして空洞になったユーカリの幹を切った、長さ1メートル半くらいの木の筒である。この筒の一方に口を押しあて、唇をリード代わりにぶりぶり震わせながら吹く。
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音色はというと、倍音をたっぷり含んだ低くうなるような響きといっても、よくわからないだろう。一応、木管楽器の仲間だが音階が出るわけではなく、知らないひとには、ひたすらブイブイ唸っているようにしか聞こえないと思う。それでも、吹いている本人はけっこう楽しい。ほかの楽器とちがって、下手でも周りにわからないのもいい。もっとも、上達してもわかってもらえない。

さて、久しぶりにディジュリドゥの練習である。だが問題は練習場所なのだ。けっこう音がでかいし、低周波が出るので周りに響く。家で吹いていると奥さんが「下のウメモトさんに、また苦情をいわれるのいやよ」とかいう。灯油の巡回販売がきても気にしないくせに、こういうときだけは神経質なことをいう。

でも、ぼくもウメモトさんから苦情をいわれたくはないので、仕方なく近所の大きな公園に行く。元は米軍キャンプ地だった広い公園である。トランペットやサックスの練習をしている人もいる。バイオリンでバッハを弾いている女性の周りには、なんとなく人が集まっている。ぼくも芝生の上の手頃な場所にすわってディジュリドゥを取りだす。

ところが、ディジュリドゥを吹きはじめると、なんとなくそれまでふつうに散歩していた人たちの様子が変わる。吹いているときに目が合うと、向こうの方がなに食わぬ顔をして、さっと視線をそらす。見てはいけない、気づいたふりをしてはならない、といった雰囲気が散歩している人たちの間に漂っているのが感じられる。こっちに向かって歩いていた人など、あえて遠回りをするように迂回して行く。

一方で、放し飼い中の犬が反応することがある。なんとかという舶来産のちっこい犬が近づいてきて、音の出ているディジュリドゥの開口部をくんくん嗅ぎだしたことがあった。そこでブオーッと大きな音を出してやると、犬はあわてて飛び退き、キャンキャン狂ったように吠えはじめた。すると、どこからか飼い主の女性が飛んできて、あわてて犬を抱きかかえると、こちらを見ようともせずに、さっさと行ってしまった。会釈くらいしたっていいだろうに。

あるとき、練習を終えてひと休みしていたら、10メートルくらい前に、ギターを抱えた女の子の二人組がやってきた。彼女たちは、ギターを弾きながら「この思い、あなたに伝えたい〜」といったような歌詞の歌を歌いはじめた。オリジナルらしい。そこで、ぼくも彼女たちの歌に合わせて、ディジュリドゥを吹いてみた。飛び入りセッションである。

ところが、ディジュリドゥを吹きはじめてまもなく、曲の途中なのに急に彼女たちの歌が止まった。こちらも吹くのをやめた。ちょっとすると、また歌が再開されたので、こちらもまた吹きはじめた。すると、また歌がやんだ。どうしたのだろう。彼女たちは下を向いて、顔はほとんど動かさず一瞬ちらっと視線だけこちらに向けた。それから二人で顔を寄せ合い、こそこそ話している。恥ずかしがっているのかもしれない。

そこで彼女たちの歌をふたたび引き出すべく、切ない春の乙女心をイメージしながら心を込めてディジュリドゥを吹いた。ベニー・グッドマンは思いを寄せる女性にクラリネットの演奏で愛を告白し、二人はみごと結ばれたという。クラリネットもディジュリドゥも同じ管楽器である。さあ、いっしょに歌おう。季節は春、春は曙、曙といえば太郎。この思い、あなたに伝えたい。

ところが、その後、彼女たちは急にそわそわしはじめ、ギターや譜面を取り片づけると、後ろも振り向かずに、そそくさと行ってしまった。お嬢さん方、そんなに恥ずかしがらなくてもよいものを。

 

*後記

ディジュリドゥの音を初めて聞いたのはドイツの映画監督ヴェルナー・ヘルツォークの1984年の作品「緑のアリの夢見るところ」の中だった。その古い記憶を揺さぶりおこすような蒼古たる響きに、こんなすごい楽器があるのかと衝撃を受けた。いまではディジュリドゥの音色は耳にする機会も多いし、演奏する人も増えた。

でも、少し悲しいのは以前ほど、この音に不気味さを覚えなくなってしまったことだ。ディジュリドゥの音はこわい音だった。幽霊があらわれるときのドロドロといった効果音にも似た異世界からの響きだった。この音が鳴るだけで、なにか騒然とした気持ちになり、そわそわしてくるような不気味さがあった。それがエスニック音楽ブームなどを経て、数あるエスニックな音の素材の一つとして聞くことに慣れてしまったことで、また聴覚のきめ細かさを失ってしまったような気もする。

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