*クラブへ行こう
バリ島に滞在していたとき、あちこちの村を訪ねて祭りを録画している日本人に知り合った。日本では何をしているのかと訊くと、アート関係の仕事のほかに、クラブでDJなどもしているという。
帰国後、なにかイベントがあるたびにメールをもらった。しかし、そういう「イベント」というのは、なぜか、きまって夜10時からなのである。どうして、こんな遅く始めるのかわからない。
そんなわけで、ちっとも行けずにいたのだが、こんなことでは一生、クラブとかDJというものを知らずに終わってしまうかもしれない。そう考えると、なんだか焦りが湧いてきて、ある晩、夕食を食べたあと、よし、行こうと決意した。
なにしろクラブである。「たまごクラブ」のクラブとは発音からしてちがう。しかし、どういうかっこうをしていけばいいのだ。ディスコというのも、ほとんど行ったことがないのだ。店によっては入り口で服装検査があると聞いたこともある。そうなると、やはりヒップホップなかっこうをしないといけないのか。
タンスを開けるが、ヒップホップな服がぜんぜんない。ユニクロのポロシャツとか、バリやエジプトのお土産Tシャツでは、どう見てもヒップホップではない。鏡を見ると、髪型もヒップホップでない。カバンも靴もヒップホップでないような気がする。支度をしているうちに、だんだん気が滅入ってくる。
それでも気力を奮いたたして出かける。スクエアプッシャーという、図書館で借りたテクノっぽい音楽をMDで耳に流し込み、気分だけでも昂揚を図ろうとするが、やかましいだけにしか聞こえない。遊びに行くというのに、なんでこんなに緊張するのか。
そもそもクラブとはなんなのか。予想では、ディスコみたいなところで、DJがイェーッとかいって、客もイェーッとか応えて、DJがサイコーですかーとかいって、客もサイコーとか応えるようなところなのだろう。
パラパラとかいう踊りをするのだろうか。踊らないと、バカにされたり、チーマーにいじめられたりするのかもしれない。おい、だせーオヤジがまじってるぜ、とかいわれたどうしよう。そしたら、年上の人間をバカにするんじゃないとガツンといってやらなくては。しかし、そんなこといって、逆に刺されたりしたら、さびしい一生だなあ。電車に乗りながら、そんなことを考えていると、しみじみしてくる。
くだんのクラブは渋谷だった。妙な形の建物で、カーブしたネオン管で店の名前が書いてある。いかにも慣れているふりをして、さっと入ったものの、やはり受付で、あのー、こういうところ初めてなんですけど、と正直に申告したほうがよかったのだろうか。
ことによると、この世界独特の隠語などがあって、お客さん、ケセマタでいいですか、それともベクーパカにしますかなんて訊かれて、しどろもどろになっていると、なんだよ、こいつタマタブかよ、マンジューしちまおうか、なんていわれて、わけがわからず身の縮む思いをするのではないか。
おそるおそる中に入る。思ったほどは広くない。ほかのところを知らないので、なんともいえないが、上がバーになっていて、階段を下りると、学校の教室くらいの広さのフロアがある。
ベースのきいた激しいリズムがフロア全体をびりびり震わせている。ミラーボールがコンクリートの打ちっ放しの壁に青や赤の光の玉を走らせ、前方スクリーンには、古い洋画やアニメを編集した忙しない映像が流れている。
ひとは少なかった。チーマーというのは会ったことがないが、そういう悪そうな若者も見あたらないし、暗いのでこちらに視線を向けられることもない。絶対踊らなくてはいけないという雰囲気でもない。
11時を過ぎた頃から、ひとが増えだした。どういうひとが入ってくるのか気になり、フロアに下りてくるひとを観察しては、頭の中で評価をつける。
ドレスや水着まがいの非日常性の高い服装は「松」、ラスタやスキンヘッズなど一点非日常主義は「竹」、その他カジュアルなのは「梅」に分類したところ、松は1割、竹が3割くらいだった。つまり大半は梅なのである。もちろん自分もそうなのだが、とくにここで浮き上がってしまう存在ではないことが確認された。
どうやらクラブというのは思っていたのとはかなりちがう。だいたいDJの彼も、ちっともしゃべらない。イェーッともいわないし、サイコーですかーともいわない。ブースで、からだを揺らしながら、ひたすら機械を操作し、ときどきレコード盤を取り換えるくらいだ。これがDJというものなのか。小林克也みたいにしゃべるわけではないのか。
イベントというから、ゲームをしたり、ことによるとチークタイムなどもあるのかもしれないと思っていたが、そういうこともない。ひたすら切れ目なく、ビートのきいた激しい音楽が流れているだけだ。場違いだからといって、迫害を受けることもない。要するに、この非日常的な音と光の空間に身を浸し、気分が乗れば踊るということらしい。だとすれば気は楽だが、これのどこが楽しいのか。
フロアが人でいっぱいになった頃、突然、壁際にある朝礼台みたいな台に女の子が上がった。女の子はカウボーイハットをかぶり、お尻のはみ出そうな豹柄のビキニを着ている。少し楽しくなってきた。
女の子は、台の真ん中から伸びている金属の棒をつかんで、それにからみつくように腰をくねらせ、やがて腰の上下動を中心とした踊りをはじめた。なんということだ。せっかく楽しくなってきたというのに、こんなに照明が暗くては踊りが見えないではないか。
終電に間に合うように店を出たが、ほかに帰ろうとするひとはいない。それどころか入り口には客がどんどんつめかけている。平日だというのに、いったいみんな何をしているひとたちなのか。「松」や「竹」ならまだしも、「梅」にいたるまで終電で帰らないとは。
終電が終わったあと、クラブはどうなるのだろう。じつは、このあとゲームをしたり、サイコーですかーというふうに盛り上がるのだろうか。あるいは、ぼくのような「梅」がいなくなったあと、ディープな「松」の世界が、そこに展開することになるのだろうか。
*後記
このとき以来、クラブに行っていない。いまでもいくつかの疑問は解けていない。あのヒョウ柄のビキニを着て踊っていた女の子だが、チラシには「ドラッグクイーン」と書いてあった。ドラッグの女王? そんなことを書いたらまずいのではないか。警察につかまらないのか。それともクラブというのは一種の治外法権になっていて、そういうことがゆるされているのか。考えても、よくわからない。だれか、私をもういちどクラブに連れて行ってもらえないだろうか。

「へんな毒すごい毒」 韓国語版











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