音楽

ファレルのHappyで英国のムスリムが踊ってみた

ファレル・ウィリアムスの「Happy」が大ヒット中だ。ぼくもわりと好きだ。この曲で「踊ってみた」動画も世界中にひろがっているが、つい最近「Happy British Muslims」バージョンというのが登場した。英国在住のムスリムが、ファレルのこの歌に合わせて踊っている。なんだか、とてもごきげんでいいかんじだ。できれば大きな画面で見てほしい。



ただ、案の定というか動画のコメント欄はアップされてすぐに大荒れとなった。「こういう音楽は禁じられている」vs「クールでいいじゃないか。目くじらを立てるな」的な平行線の論争がムスリム、非ムスリム入り乱れて、えんえんとつづいたあげく、結局コメント欄は2日で閉鎖されてしまった(その後、復活)。関連動画に「Happy Kuwait」や「Happy in Jerusalem」などもある。そっちはまだコメント欄が生きているが、やっぱり荒れているなあ。


「宗教的に」よいかどうかという議論よりも、問題はこうした動画においてさえ、かれらは個人として見てもらえず、ムスリムというコミュニティの代表者として見られてしまうことにあるようにおもう。懸念があるとすれば、こうした「わかりやすさ」「親しみやすさ」に歩み寄ることで隠蔽されてしまうものがあるのでは、ということではないか。「わかりやすさ」とはあくまで西洋的な価値観にとってわかりやすい、親しみやすいということであり、いぜんとしてわかりにくい彼らの置かれた社会的立場や不平等や差別の構造は逆に見えにくくなりかねない、ともいえる。


ただ、このような動画が出てくる背景にはイギリスにおけるイスラモフォビア(イスラム恐怖症)へのムスリム自身の戸惑いもあるのだろう。フェイスブックでこの動画をとりあげていた米国在住のムスリムが、「この動画を見て自分がまちがっていたと気づいた。英国のムスリムはみな気の触れた過激派ばかりだと思っていたけど、じつは彼らもそういう見方をされることに苦しんでいたんだね。ネットで憎悪をむきだしにするやつらがコミュニティを代表しているわけじゃない。彼らが主張する理想的イスラム社会なんて存在しないのだね」とコメントしていた。
 

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一昨年のクリスマスイブのことだが、ロンドンのセントポール寺院の前で、英国在住ムスリムたちが、参観者や観光客に「今年のクリスマス、イエスは牢獄にいる」と書かれたチラシを配っていた。「イエスがもしここにいるならば、抑圧的なキャメロン政権を批判する最前線にいるはずだ。そんなイエスを政府はほっとくわけがない。イエスは牢屋に入れられている」といったようなことが書かれていた。「イエスはムスリムだ」と書かれた横断幕も広げられていた。
 

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興味深かったのは、彼らが一方的にしゃべるのではなく、通りすがりのキリスト教徒(たぶん)がムスリムたちと対話する姿が、教会前広場のそこここで見られたことだった。クリスマスなのでサンタのコスプレをした金髪の女の子が、ニカーブをした子連れの女性たちと議論したりしていて、それはそれでいいかんじだなと思った。ただ、その様子を屈強な警官が、じっとビデオに撮っているのが、なんだかなあという感じだったが。
 

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ちなみに、アメリカにもオープンなムスリムのライフスタイルを打ち出しているミップスター(Mipsterz)という活動?がある。ミップスターとは、「ムスリム・ヒップスター」の略で、要はイケてるムスリムというような意味らしい。米国在住のムスリム女性が中心のようで、フェイスブックページもある。それによるとミップスターは「イスラムの伝統にインスピレーションを求め」「最新の音楽や流行、アート、思想、食べ物、イマジネーション、創造性などの最前線に立つ」という。


わかったようでわからない定義だが、要するに、これまでの保守的なムスリムのイメージとは対照的に、若い世代によるスタイリッシュなムスリムのライフスタイルを提案する、ということのようだ。西洋からはネガティブなイメージをもたれがちだったヒジャーブをおしゃれに着こなすとか、スケボーに乗るとか。こんな動画もある。ただ、ここもコメント欄も賛否が入り乱れている。「クールだ!」と賞賛するのもあれば「お金持ちのお遊び」「ムスリムの恥だ」と弾劾するものもある。
 

個人的にはミップスターの動画より、「英国のムスリムがファレルのHappyを踊ってみた」バージョンに心がなごむ。ファレルのHappyは、「いかれちまったように見えるかもしれないけれど・・・熱気球になって、宇宙まで浮かんでいけそうな気分なのさ・・・だってハッピーなんだ、浮かれちまっているのさ、たのむよ、おろしてくれよ・・・」といったすごく脳天気な歌詞なんだけど、その歌詞の内容とはうらはらにメロディーはそこはかとなく哀愁をおびていて、どこかせつない。ハッピーなんだけど、それがいつまでもつづくわけではないこともわかっている。そんな哀しみのようなものが伝わってくるからかもしれない。


踊っているのか、踊らされているのか。じつは当人たちもわからないのかもしれない。それはじつは同じことなのかもしれない。ファレルは歌っている。


 悪い知らせだとかいって なんだかんだいうやつはいるさ
 遠慮はいらないさ なんでも いうがいいさ
 でも いっとくけど おれは そんなこと 気にしない 
 あんたには悪いけど 時間のむださ
 だって おれは ハッピーなんだから

 Here come bad news talking this and that
 Yeah, give me all you got, don’t hold back
 Yeah, well I should probably warn you I’ll be just fine
 Yeah, no offense to you don’t waste your time
 Here’s why
 Because I’m happy


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ポンガル@国分寺カフェスロー報告

遅ればせながら、前回紹介した1月14日のポンガル@国分寺カフェスローは、とても楽しかった。ポンガルとは「南インド、とくにタミル・ナードゥ州とアーンドラ・プラーデシュ州で盛大に祝われる収穫祭」だそうで、それを模したイベントだったのだが、なんといっても、マサラワーラーさんたちによってつくられた南インド料理(ミールスというのかな)がよかった。

 
南インドには行ったことがないので、南インド料理といえば練馬のケララバワンでしか食べたことがないのだが、蔵前仁一さんが「日本でこんな料理が食べられるとは思わなかった。南インドのと同じだよ」といっていたくらいなので、そうなのだろう。日本でインド料理というと、たいていタンドーリチキンとか、マトンやチキンのカレーとかが思い浮かぶが、南インド料理は基本的には菜食。日本にはあまり紹介されていないが、じつにヘルシーで、食べやすく、しかもおいしい。


バナナの葉っぱの上に、ごはんにくわえて、つぎつぎといろんなカレーや炒め物などのおかずが並べられ、それを手でぐちゃぐちゃに混ぜながら食べる。ピーマンもジャガイモもまぜこぜにして、揚げせんべいを指先でぼろぼろとくだいたものをふりかけ口の中にほうりこむ。見た目はなんだが、いろんな味が口の中で混ざり合い、マンダラのような味覚の世界が広がるのが新鮮だった。食べるのに夢中で写真も撮らなかった。

 
料理がおいしいだけでなく、マサラワーラーさんたちの雰囲気がいい。あのあっけらかんとした笑顔は、こういう時代には心にしみる。かれらのイベントに人気がある理由もわかる。いい料理は人の気持ちを温かくしてくれる。中身はまるでちがうが「バベットの晩餐会」を思い出した。


マサラワーラーは武田尋善さんと鹿島信治さんという二人組のインド料理ユニットなのだが、武田さんはアーティストで、絵から壁画から造形から、ちょっとニキ・ド・サンファルなんかを思わせる、総天然色縄文スタイルとでもいうのかな、たいへんパワフルな表現をされる方で、鹿島さんはシタールを演奏し、打楽器のユニットもやっているという。料理とアートを組み合わせたパフォーマンスなどもされているらしい。


出し物は堀友紀子さんのバラタナティヤムというタミル・ナードゥのインド古典舞踊と、久野隆昭さんのガタム(南インドの壺の楽器)と竹原幸一さんのモールシン(南インドの口琴)の演奏、それにわたしのハピドラム。堀さんの舞踊はいちばん後ろから見ていたので、足下がよく見えなかったのだが、肩から手、指先へとつらなる動きがきれいだった。太極拳などの武術でもそうなのだが、いい動きには「勁」といわれる全身を連携させる力の動きがある。これは舞踊にも通じるのだな。


久野さんと竹原さんの演奏は圧倒的だった。西洋音楽とちがって、南インド音楽には楽譜がない。そのためこれらの楽器を習うときには、基本的には先生の真似をすることになるのだが、そのとき楽器の音を口で真似する練習をするのだという。


たとえば三味線だと、弦をはじいた音を「チン、トン、シャン」といった音で表現するように、インドの打楽器でも壺を叩いたときの音をその叩き方によって「トン」とか「カ」とか「ドン」とか「ティク」とか「ダー」といった言葉に置きかえ、それをつなげてリズムがつくられる。たとえば、師匠がティータカドンタカティータカトンタカ(←適当)と口ずさむと、弟子がそれをガタムやモールシンで追うように演奏するのだそうだ。言葉とリズムは入れ替え可能なのである。


ただ、このティータカタカタカ…をいうのがおそろしく早い。知らなければ早口言葉を唱えているようにしか聞こえない。しかも、そのワンフレーズが文字に直したら、軽く文庫本一ページ分くらいはありそうな長さだ。つまり、おそろしく長い早口言葉を唱え、そのあとそれを楽器でそっくりそのまま再現する、という感じなのである。


そんなにたくさん記憶できるのは、そのティータカタカタカが言葉と同様の秩序をもっているからなのだろうか。端で聞いていると神業のように見えるのだが、見たことのない人にはわからないと思うので、あとの動画を見てください。ちなみに、口で言うことができれば、そのリズムは叩くことができるのだそうで、逆にいうと口で言えるようにならないと、そのリズムは叩けないということなのだろう。


当日の様子はマサラワーラーの武田さんがYouTubeにアップされている。久野さん・竹原さんのパフォーマンスも一部聞ける。ハピドラムはカメラの位置が遠かったせいか、あまりうまく録音されていないのが残念。別に録った動画もあるが、低めの音なのでどうしても音がこもりがちになる。録音の仕方が課題だな。


久野さんや竹原さんの演奏があまりにすごいので、前座としては恐縮してしまったが、彼らにそういうと、そんなことないですよ、よかったですよぉ、とちゃんとフォローしてくれる若者の思いやりに感動した。お二人ともさわやかだし、イケメンだし、もうお手上げ?です。




ミニCDもつくった。買ってくださった方、ありがとうございます。

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※ 三谷眞紀さんのブログにもポンガルの記事が。写真もたくさんあります。

http://apakaba.exblog.jp/17335201/


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カッパの皿回し、1年ぶりに更新

放置状態になっていた別ブログ「かっぱの皿回し」をほぼ一年ぶりに更新しました。また、レディー・ガガの話。レディー・ガガばかり聞いているわけではないですが、今回の「ユダ」のPVに誘惑されて、キリスト教メタファーのいんちき解釈のようなものをやってみた。ご興味ある方はどうぞ。
 

Lady Gaga 「Judas」
 かっぱの皿回し

 

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【再掲】 究極の癒し系? フロレンス・フォスター・ジェンキンスの肖像

今回は思うところあって以前ここにのせて、リンク切れになっていた過去のエントリーにあった記事を再掲。こういう時期ということもあるし、この話をとりあげてみるのも悪くないと思った。写真は撮りなおしました。本来、このブログはこういう音楽話をテーマにしていたはずなのだけど。。。


ーーー

今回は最近、聴いたなかでも、もっとも圧倒されたCDを紹介する。これである。

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ジャケットの雰囲気から見当がつくように、かなり古い時代(1930-40年代頃)に録音されたものである。内容は、モーツァルトやシュトラウスらによるオペラのアリア集。ジャケットで天使の羽をつけて立っている中年女性が、歌手のフロレンス・フォスター・ジェンキンス。RCAビクターの100周年記念ということで復刻されたものだ。
 

クラシック・レコードの老舗RCAが100周年記念で復刻するほどなのだから、録音の悪さも気にならないほどの名唱にちがいない。いみじくもタイトルには、The Glory of the Human Voice (人間の声の栄光)とある。実際、このレコードはこれまでアメリカで発売されるたびに話題となり、またたくまに売り切れてしまったという伝説的な人気を博してきた作品なのだ。

 
しかし、これはただの名盤?ではない。本来なら、このような録音が後世に残されること、いや、録音されること自体が常識では考えられないことなのだ。なぜか? その前に、フロレンス・フォスター・ジェンキンスとはどういう人物だったのか、についてふれなくはならない。
 
 
フロレンス・フォスター・ジェンキンスは1868年、ペンシルヴァニアの裕福な銀行家の娘として生まれた。金持ちの娘として幼い頃からピアノを習い、ゆくゆくはオペラ歌手になりたいという夢を抱いていたが、厳格で保守的な父はそれを許さなかった……と、ここまではよくある話である。
 
 
さて、その後、フロレンスは、のちに石油会社社長となった男性と駆け落ちする。ところが結婚生活は不幸で、結局二人は離婚。それからまもなく、父親が他界。フロレンスは、前夫からの相当額の慰謝料と、父親から受け継いだ莫大な遺産を手にして、有数の大金持ちになる。ときにフロレンスは41歳。このとき彼女は、小さい頃からの夢であった歌手として生きることを決意する……と、まあ、ここまでもありそうな話である。

 
ところが、である。フロレンスには端から見た場合、歌手として大きな問題、それも致命的といってよい問題があった。どういう問題だったのかというと、実際に彼女の歌を聴いてもらうのが早いだろう(かならず聴くこと!)。曲は、モーツァルトの歌劇「魔笛」の中の「夜の女王のアリア」。ソプラノ・アリアの難曲中の難曲である−−。
 


すでにこれを聞けばおわかりだろう。

 
そう、彼女は〈音痴〉だったのである。それも生半可ではない筋金入りの音痴であった。

 
しかし、さらにすごいのは、フロレンス自身が、そのことを微塵も気にしていなかったことである。それどころか、彼女は、自分の歌唱に絶大な自信をもっていた。この「夜の女王のアリア」にしても、当時、有名だったソプラノ歌手、フリーダ・ヘンペルの歌とひきくらべて、自分のほうがずっとすばらしいと思うと語ったという。

 
フロレンスは意気揚々と、ニューヨークやワシントンでリサイタル活動を開始した。もちろん資金は自腹である。しかし、肝心の歌の破綻ぶりは素人相手でも隠しようもなかった。こんなんで、はたして観客は集まったのか?
 
 
ところが、これがなんと大盛況だった。こう聞くと、おおかた地位や財産を利用して、いやがる知り合いを無理やりリサイタルに連れ込んでいたのではないか−−ジャイアンみたいに−−とか、観客は怖いもの見たさで、からかい半分でやってきたのではないかと勘ぐりたくもなる。
 

実際、はじめはそうだったのかもしれない。しかし、フロレンスは大まじめだったし、自分の歌手としての才能を心底から信じきっていた。そして、音程や調性などものともしない自由で圧倒的な歌いっぷりに、観客はあっけにとられ、ついで魅入られ、しまいにはその毒のような魔力の虜になってしまうのだった。
 

フロレンスのリサイタルが好評を博したのには、彼女自身の人間的魅力もあった。フロレンスには周りの人びとを幸福な気分にさせずにはおかない天性の明るさがあった。博愛精神にもあふれ、若い芸術家の育成や、貧困者の救済などの慈善事業にも情熱を注いだ。フロレンスはまもなくニューヨークを中心とした社交界で華々しい脚光と尊敬を集めるようになった。
 

いちど彼女の歌を耳にした者は、その魔力から逃れられなかった。彼女のリサイタルのチケットを手に入れるのは「ワールドシリーズのチケットを手に入れるより困難」だった。リサイタルの当日は、会場に入れなかった者たちがホールの外に押しかけ、それを警官隊が追い返さなくてはならないほどだった。

  
ニューヨークのリッツ・カールトンで年に一度開かれていたリサイタルは、とりわけ話題になった。フロレンスは自分でデザインした巨大な金色の翼を背中にひらひらさせて舞台に上がった。そして一回のステージで最低3回は衣装を替えた。スペイン風の衣装をまとって、薔薇の花を口にくわえて登場し、歌いながら、手にした花籠から客席に花を投げることもあった。あるときには花をすべて投げてしまったあとアンコールが来たので、いったん投げた花を客席から回収し、あらためてもう一度花を投げた。

 
彼女のステージに観客の笑いはつきものだったし、批評家による呆れたような酷評もしょっちゅうだった。しかし、フロレンスは歯牙にもかけなかった。絶大な自信家だった彼女にとって、笑いは自分の歌を楽しんでくれている証拠だった。酷評は芸術を理解できない者どもの戯言か、彼女の人気に嫉妬した者たちによる嫌がらせでしかなかった。
 

実際、観客はフロレンスの調子っぱずれの歌に麻薬のような魅力を感じていた。観客は彼女がいつ音程をはずすか、どこまで音程を狂わせたまま疾走しつづけるかを期待をこめて見守った。そして、フロレンスがそのとおりに調子を逸脱してゆくと、観客は圧倒的なカタルシスを感じたのだ。
 

しかし、それは破綻した歌へのあざけりではなかった。フロレンスは音程とか調性といった窮屈な束縛から、人間の声を自由に解き放ったのだ。彼女の歌には、なにものにもとらわれない圧倒的な自由と幸福感があった。ファンは、その自由に抱かれたくて、躍起となって彼女のリサイタルのチケットに群がったのだ。かの、世紀の名テノール歌手、エンリコ・カルーソーもフロレンスの支持者であったという(さすがに共演はしていない……と思う)。
 
 
フロレンスのキャリアのクライマックスは、1944年、76歳のとき、ニューヨークのカーネギーホールを借り切って行われたリサイタルだ。天下のカーネギーホールを個人で借り切るというのもすごいが、貸すほうも貸すほうである。

 
チケットは何週間も前に売り切れ、公演は大成功だった。その前年、彼女はタクシーにひかれるという事故に遭っていたが、事故の衝撃でこれまで発声できなかった高いF(ファ)の音を出せるようになった(と彼女は主張している。ちなみに彼女はタクシー会社を訴える代わりに、自分をひいた運転手に高級葉巻のセットを贈った)ので、レパートリーの幅も広がっていたはずである。
 

この歴史的カーネギーホール公演の1カ月後、フロレンスは心臓麻痺でこの世を去った。新聞に載った彼女の追悼記事には、こう書かれた。

 
「フロレンス・フォスター・ジェンキンスほど仕事にたぐい稀な幸福を見出したアーティストはめったにいない。その幸福感はまるで魔法のように聴く者たちの心へと伝染していった」

 
そうなのだ。CDに残された彼女の歌を聴いていると、不思議に暖かい幸福感がからだにじんわりと満ち広がってゆくのを感じるのだ。それはたしかに金持ち音痴オバさんの道楽かもしれないけれど、その壮絶に破綻した堂々たる歌いっぷりを聞いていると、人生の幸福とは、才能とか能力にあるのではなく、なにかをどこまで好きになれるかということにかかっているのだと、つくづく思う。

 
落ち込んだり、悩み苦しんでいる友だちがいたら、なにもいわずにフロレンス・フォスター・ジェンキンスのCDをプレゼントしてあげよう。よしんば、このCDを贈ったことで、あなたが友だちや恋人を失うことになったとしても、そのときは、あなた自身がこのCDに耳を傾ければいい。フロレンスおばさんが、きっと癒してくれるはずだ。


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ハピドラムでサクラ

気がつけば、桜が満開だ。あまり桜を味わえる気分でもないのだけれど、やはり風に枝葉を揺らす桜の花はいい。なので、ちょっと桜の曲を即興的に弾いて(たたいて)みた。YouTubeに動画をアップするというのも初めてやってみた。



抱えているまるっこいものは、ハピドラム(Hapi Drum)という鉄でできた楽器。2008年にアメリカで発明されたもので、たまたま当時ホームページで見つけて、サンプルの音を聞いて、これはいい音だと感激した。ちょっと高かったけど、買おうと思っていたバーバリーのコートをやめてユニクロにすることにして注文。当時は注文生産だったらしく、届くのに3ヵ月くらいかかった。


新しい楽器なので奏法もとくに確立されていない。でも、それがよかった。ピアノや、あるいは民族楽器のような伝統のある楽器だと、先達にはかなわない。だけど、これなら伝統もメソッドもない。自分で好きなようにたたけるし、だれでもパイオニアになれる。


ひまなとき適当にポコポコたたいていて、案の定しばらくしたら飽きてしまって、部屋の隅で埃をかぶっていたのだけれど、行きづまったときとか、がっくりしたときなどにたたくと気がまぎれる。


ところが、行きづまったり、がっくりすることがだんだん多くなり、そうなるとたたく回数が増えてくる。そのうち1個では気がまぎれなくなった。これではいけない。そこで買おうと思っていたロンサカパXOのラムを「いいちこ」に変更することにして、もう1つスケールのちがうやつを購入。でも、エジプトの政変の頃から、またがっくりすることが多くなった。そこで行こうと思っていた帝国ホテルのディナーをガストに変えることにして、さらにもう一つ、スケールのちがうのを買った。落ち込む数だけハピドラムが増える。


ここでは紹介していないが、音程を変える方法や、音色を変える方法も考案した。自分では「すごい、これは画期的だ!」とおもったのだけど、この楽器をもっている知り合いがいないので自慢にもならない。


これだけだと音色が単調なので、これを叩きながらピアノを弾くというのもやってみたのだが、いまひとつうまくいかない。これを叩きながらディジュリドゥを吹くというのもちょっとトライしたのだが、これは息が続かずくらくらしてくる。最近、また心労が多いので、さらにもう一個増えてしまいそうでこわい。


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定額給付金による補填+王道進行の話

負けてしまった。更新が遅れてマイナス一万円である。まあ、昨今の金融危機に比べればたいした損失ではないし、もうすぐ定額給付金とかで一人あたり1万2000円もらえるそうだ。じつにありがたい制度であり、政治家というのはやはり賢い人たちだなあ……などと思う人が本当にいるのだろうか。


政治の話などしたくないのだけれど、アメリカでオバマが大統領になるという、ちょっと前まで想像もできなかった現実が起きているというのに、日本では金のばらまき政策が真剣に議論されている。いったい、一人1万2000円もらって、なにが変わるのだろう。冗談ではないのか。国民一人に1万2000円あげることで、いまの日本社会を覆っている数え切れない矛盾や問題の、いささかの解決にでもつながると本気で政治家は考えているのか。


いやいや、政府というのはありがたいねえ、1万2000円ももらっちゃったよ、どうやって使おう。やはり貯金しようかしら、それともユニクロで家族みんなの分の冬物でも買おうかしら、それともデニーズで豪遊しちゃおうかしら、でも、そんな贅沢しちゃバチが当たるわね。それにしても、さすが優秀な政治家は国民のことを考えてくれているのね、日本に生まれてよかった……なんて思う人が、ほんとうにいるのだろうか。


たとえば、多額の負債を抱えて自殺しようとしている中小企業経営者のもとに1万2000円がふりこまれたら、彼は自殺を思いとどまるのだろうか。仕事が見つからず、ネットカフェで寝起きしている人が1万2000円給付されたら、よし明日も頑張ろうと生きる希望が湧くものだろうか。


いったい、この政策が施行されたとして、1億2000万人のうち、どのくらいの人が、ああ、よかった、ありがたいことだと思えるだろうか。もちろん、政策とは危機的状況に対処するためのものばかりとはかぎらない。けれども、なぜ、いま、この時期に焼け石に水以下のばらまきなどという発想が出てくるのだろう。わからない。

 
思うに、いまの日本が抱える深刻な問題は、将来に希望が見えないことだ。自分がいま歩いている道が、なにか、より確実で、自由なものにつながっているはずだという予感があれば、ひとは、たとえいまがつらくたって、歩いていこうという勇気を持てる。

 
今日一日を充実して生きるのに必要なのは、今日の糧だけではない。意識的であれ無意識的であれ、今日のあとに明日があり、その先に未来があると思えることが大切なのだ。けれども、ぽんと1万2000円もらったからといっても、そんな希望が見えるだろうか。せいぜい一人ギャンブルの穴埋めをするのが関の山である。それだって、この先ぼくが負け続けて負債がふくれあがったら、そうもいかない。


一人1万2000円といえば全国民なら1兆5000万円くらいになる。たしかに中途半端な額かもしれない。でも、これだけの予算があれば、たとえ国民全員をどうにかすることはできなくても、なにかの制度やシステムを変えて、山積する問題の一つや二つを解決することは、頭を使えばある程度、できるはずである。そのための政治家ではないのか。都市部の救急医療システムを改善するとか、母子家庭の支援を充実させるとか、年間3万人を超える自殺者が出る状況を本気でなんとかするとか、いくらでもあるだろう。ばらまきというのは、いちばん頭を使わなくていい、しかも、失敗しても責任を問われない、もっとも下らない金の使い方である。


ガンで亡くなった筑紫哲也さんがネットで最後に語っていたのが、この国はガンに冒されているということだったそうである。ガン細胞は、本来宿主が必要としている栄養分を吸い取ってしまう。そのため宿主である本人には栄養が十分いかず衰弱していく。今回の給付金制度というのも、同じようなものではないか。必要なのは、宿主つまり人びとが希望が持てるような社会システムに栄養を与えることになのに、そっちに栄養は与えず、いまの状況を固定化するほうに金をつぎ込もうとしている。だが、ひょっとして、それは浅はかな見方で、じつは、そこにはじっくり考えぬかれた深い意図でもあるのだろうか。ワカラナイ、ワカラナイ。頭から煙が出そうである。


暗くなるので話題を変えよう。前回の話の続きである。前回、音楽には文化的背景を含めた〈気持ちいい展開〉という暗黙のルールが存在し、同じようなメロディー展開をする楽曲はこの世に数多に存在する、という陶山さんの話を紹介した。その後、ニコニコ動画という動画サイトで、「音極道」という人が、J-Popのヒット曲に共通する音楽的構造について、みずからの演奏入りで解説しているのを知った。これが、たいへんおもしろかった。


前編後編合わせて見ると25分くらいかかるが、演奏付きで、説明もていねいで、とてもわかりやすい。業界の人には自明のことなのかもしれないが、そうでないひとにとっては目から鱗が落ちる分析だと思うので、見て損はない。ちなみにニコニコ動画というのは登録制(無料)である。ただ、登録が面倒な人とか25分も時間がないという人のために、かんたんに内容を要約する。


音極道さんによると、J-Popの一部のヒット曲には、この30年以上にわたって使われつづけているコード進行のパターンがあるという。このコード進行はとくにサビの部分で使われており、これが日本人に特別に好まれてきたという。どういうものかというと、こんなコード進行である。

Ⅳ△7 Ⅴ7 Ⅲm7 Ⅵm

たとえばハ長調だと

F△7 G7 Em7 Am (クリックで再生)

となる。


楽器をやったことのない人にはぴんとこないかもしれないが、聞いてもらえばたいへん耳慣れた展開であることがわかる。彼はこの進行を「王道進行」と名づけて、このパターンを使ったいろんなヒット曲をとりあげ、最終的に、現在J-Popが陥っている危機的状況にまで話を展開している。

音極道さんがあげている王道進行のサビをもつヒット曲は、古いものから

オリビアを聞きながら/杏里(1978)
いとしのエリー/サザンオールスターズ(1979)
悲しい色やね/上田正樹(1982)
シーズン・イン・ザ・ワン/TUBE(1986)
世界でいちばん暑い夏/プリンセスプリンセス(1989)

など。わりと新しいものだと

LOVEマシーン/モーニング娘。(1999)
EVERYTHING/MISIA(2000)
FRAGILE/ Every Little Thing (2001)
さくら/ケツメイシ(2005)


などがある。動画にはもっとたくさんの曲があがっている。動画ではキーを同じにしたものが連続して演奏されており、聞いてみるとどれも驚くほど似ている。もっとも、ぼくがこの中でタイトルを聞いて曲が思い出せたのは「いとしのエリー」だけだった。いとしのエリーだと「わらって もっと べいべ〜え〜 むじゃきに おんまいまいん」というところが王道進行である。先の音声ファイルを再生しながら、いっしょに歌ってみると、よくわかるはずである。


彼は後編の動画で海外の曲における王道進行の使われ方にふれ、それが日本のポップスにどんな影響を与えていったか、そしてその濫用がもたらした弊害などにも論を進めている。ぼくはユーロビートというのがどんなものなのかすら知らなかったので勉強になった。

 
 

ひとりギャンブラー日記:

損益 −10000円
ただし、政府定額給付金(1万2000円)にて補填し、
差し引き残高 +2000円
次回は、ちまちました賭け方はやめて、ギャンブラーらしく少し太っ腹にいってみたいと思う。
一週間以内の更新に、どーんと……10万円である。


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似ているような似てないような

久々に音楽の話題。このページの左下の方に昔つくった音楽の一部がリンクされている。先日、それを聞いたある人から、この「On the Road」というCDに入っている「East Wind」という曲、一青窈の「かざぐるま」によく似ているのだけど、といわれた。


ちなみに一青窈というアーティストがいることは知っていたが、「ひととよう」と読むとは思わずずっと「いっせいとう」だと思っていた。しかも、女性だと知る前は、一風堂(古い……)みたいなバンドだろうとなんとなく思っていた。


それはさておき、さっそくYouTubeで検索してみた。


これがEast Windで、以下が「かざぐるま」(作曲:武部聡志)である。よかったら聞き比べてみてほしい。


サビの展開はぜんぜんちがうし、なにより楽曲のクオリティだって比較にならないのだが、たしかにくらべてみると、最初の2コーラスくらいは似ている気もする。


かざぐるまの方があと(2005年)に出たものなので、ぼくが真似したわけではないし、もちろんその逆もないだろう。実際、これほどたくさんの曲が作られているのだから、似てくることだってあるだろう。


けれども、いったい、どのくらい似ていると、それが問題と見なされるのだろう。仮に自分がプロの音楽家で、この曲を人目に触れるかたちで正式に発表していたとしたら問題になりうるのだろうか。


そこでプロの音楽家に聞いてみた。陶山隼(すやま・じゅん)さんという方で、数年前、彼からコンピューターを使ったデジタル音楽機材の使い方を教えてもらっていたことがある。もっとも、ていねいに教えてもらっても、頭がついていかず、つくづく自分にその手の才能がないことを思い知った。なんでこの手の機材は家電みたいに操作がかんたんにならないのだろう。
 

当時彼はバイク便の仕事などしながらがんばっていたが、いまや柴咲コウとか川嶋あいとかBoAとか関ジャニ?とかに楽曲を提供している売れっ子である。いまやっている上戸彩の出ているオロナミンCのCMで、青山テルマがうたっているのも彼の曲である。


で、その陶山さんに聞いてもらったところ、「まちさん、これは明らかにそっくりです。訴訟すれば100パーセント勝てます!」ということはまったくなく、「音源を聞いた感じでは似ているように感じましたが、分析してみると完全に同じラインになる部分が一小節ちょっとあるとはいえ〈似て非なるもの〉というのが私の見解です」とのひじょうに冷静な分析をしてくれた。ほっとしたというか、ちょっとがっかりしたというか。


彼は、わざわざ二つの曲を譜面に起こしてまでくれた。

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陶山さんによると「音楽には文化的背景を含めた〈気持ちいい展開〉という暗黙のルールが存在し、同じようなメロディー展開をする楽曲はこの世に数多に存在します……コードに捕われずにメロディーに執着すればきっと同じコード進行の曲を耳にした時にも『あ!』とは思っても、逆に『同じ感性を持った人が居た』と喜べるはずです」という。なるほど。


今回のような展開のパターンで、彼がすぐ連想したのは久石譲の「塚森の大樹」という曲だという。「となりのトトロ」の中に出てくる曲である。ここなどで聞くことができる。なるほど。ちなみに、「かざぐるま」という曲は藤沢周平原作の「蝉しぐれ」という映画のイメージソングだったという。East Windもなんかのイメージソングで使ってくれないかな。陶山さん、お忙しいところありがとうございました。
 


ひとりギャンブル記:

負けてしまった。更新が一日遅れ所持金ゼロに逆戻り。プレッシャを高めるために一週間以内の更新にどーんと1万円を張ることにする。


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「のだめ」のこと

久しぶりに音楽の話。帰国してみたら、なぜかテレビの写りがひどく悪くなっていた。楽しみにしていた「のだめカンタービレ」もこれでは見られないではないかと思ったら、ふだん音楽にほとんど関心を示さない奥さんが、きれいに録画された「のだめ」のDVDを、自分の妹から送ってもらっていた。「のだめ」のコミックもいつのまにか本棚に16巻まで並んでいて、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番ていいわよねえ、なんてのたまわっている。

その曲ならこれまでだって、家でなんどもかけていたはずだが、本人の記憶にはまったくないらしい。あの甘美な第二楽章が流れているときに、洗濯物をたたみながら、こういう穴の開いた靴下は捨ててちょうだいよ、それにこのパンツ、ゴムがよれよれよ、これじゃずり落ちてきちゃうんじゃない、これも捨てていいわよね、などとぶつぶついっていたことも、よもや覚えてはおるまい。

もっとも、映画やドラマを通してその曲のよさに気づくというのは、専門家にしても変わらないようだ。ずいぶん以前、モーツァルト毒殺説を扱った「アマデウス」という映画が公開されたとき、音楽評論家の吉田秀和が作家の大岡昇平に、あの映画を見てモーツァルトの音楽はあらためていいなあと思った、といったようなことを話しているのを読んだことがある。

高名な音楽評論家ですら、映画のような物語の中で音楽を聞くと感激するのだから、そうでない人ならなおさらだろう。純粋に音だけでその曲のよさを味わうなんてことは、じつはあまりないのかもしれない。その曲を弾いているひとがハンサムだからとか、美人だからとか、諏訪内晶子だからとか、高木綾子だからとか、村治佳織だからとか、三村奈々恵だからとか、ちょっとジャンルはちがうが山中千尋だからとか、自分にはよくわからないのだが、そういう理由でCDを買う人がいるらしい。たまたま偶然、気づいてみれば、自分もこうした人たちのCDをわりと持っているのだが、もちろん自分の場合、純粋にその演奏に惹かれたからだということは強調しておきたい。

ちなみに、外国などにいて日本の事情がわからない人のために書いておくと、「のだめカンタービレ」とは、クラシック音楽をモチーフとした、いま日本で大ヒットしているマンガであり、現在テレビドラマ化されて放映中である。悪臭に満ちたゴミためのような部屋の中で人並み外れた美しいピアノを奏でる変人音大生・野田恵(通称のだめ)と、指揮者をめざすエリート音大生・千秋をめぐって集まる変人音楽家たちの人間模様を描いた作品である。

クラシック音楽を取り上げたマンガというと、これまではたいてい浮世離れした王子様やお姫様みたいな主人公が出てきたり、猛練習でピアノの鍵盤が血に染まっているとか、嫉妬のあまりバイオリンの弦に毒を塗ってライバルを陥れるといったエピソードがあったり、不治の病を隠していた主人公が演奏を終えた直後、倒れて絶命するといったゴシック・ロマンスぽいものが多かった気がする。けれども「のだめカンタービレ」は、クラシック音楽をリアルな日本の生活感と結びつけ、しかもギャグ満載のコメディーにしてしまったという点で類を見ない。

音楽マンガに傑作が少ない理由の一つに、マンガからは音楽が聞こえてこないからということがいわれる。いくらコマのなかに音符を書き入れようと、ロックコンサートの場面でギターソロやドラム演奏の場面を「ギョワーン」とか「ズダダダ」といったオノマトペとともに描こうが、やはりそこから実際の音楽はなかなかイメージしにくい。昔はよく、レッドツェッペリン物語とか、ピンクフロイド物語といった読み切りのロックバンドの伝記マンガがあったものだが、これとてもそこから彼らの音楽が聞こえてくるほどの迫力は、なかなか感じられなかった。

しかし、「のだめ」の場合、音楽が聞こえてくるのだ。聞こえてくる、というと語弊があるが、聞こえてきても不思議はないような気にさせてくれるのだ。たとえ、その曲を知らなくても想像がわいてきて、その曲を聞いてみたくなる。こういう音楽マンガはこれまでなかったように思う。ただ、これを読むようになってから、奥さんまでが(芸のない)のだめ化してきているのが、すこし気になる。

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夏のディーリアス

暑中お見舞い申し上げます。

更新を怠っているうちに、気がつくと真夏になってしまった。ご心配くださっていた方々には、心よりおわび申し上げます。

忘れていたのではない。更新までの間があくと、「読んでくれている人のため次は少し長めに書こう」と考え、なにを書くか考えているうちにさらに間があいてしまう。そうなると、「次は長いだけではなくて内容のあるものを書かないと、このブランクのいいわけにはならない」と思ってしまう。そのうちにまた時が過ぎ、こんどは「長くて、内容があるばかりではなく、なおかつ、あっと驚かせるものを書かなくてはもはや許されまい」などと悲壮な気持ちになってくるのである。

しかし重圧におされ、なおもブランクは広がりつづける。すると、もう文章だけでブランクをカバーするのは不可能ではないか。読者に粗品のサービスでもしなければしめしがつかない、と覚悟をかためたものの、粗品の種類が決まらぬまま、なおも月日は過ぎる。結局、粗品ではすまなくなり、それなりのブランド品でなくては申し訳が立たないのではないかと、さらに自分を追いつめつづけるのであった。

これではいけない。こんな状態が続けば、いずれブランド品どころか海外旅行でもプレゼントしなければ信用が回復できなくなる。コメントをくださったまきさんにはダイヤモンドでもさしあげないと落とし前がつかない。ただのブログなのに、どうしてそこまで妄想してしまうのか自分でも不可解だが、気持ちのうえでは多重債務で首が回らなくなった人の心境だ。こうなったら残された道は自己破産しかない。ダイヤモンドや海外旅行はもとより、ブランド品も、粗品も、あっと驚かせるものも、内容もないのだが、どうかおゆるしいただきたい。デザインもすっきりしたものに変え、思い切って更新である。

 
 
 
さて、季節は夏真っ盛りだが、夏になると聴きたくなるのがディーリアスである。ディーリアスは100年くらい前に生きたイギリス生まれの作曲家で、その名も「夏の歌」とか「夏の庭園で」といった夏をテーマとした作品をいくつか書いている。

ディーリアスの音楽には、とらえどころがないものが多い。テーマとなる旋律や構造があまりはっきりせず、まるで雲が形を変えながら風に流されていくように、あるいは、朝靄が光の中で薄れて消えていくように、あいまいで、きまったかたちをもたない。少し聞いただけでは叙情的でわかりやすい音楽のように響くのだけれど、悪くいえばめりはりがなく、聞いたあとで印象に残りにくい。嫌いではなかったけれど、とくに個人的に好きというほどではなかった。

そんなディーリアスの音楽が、自分の中で夏という季節と分かちがたく結びついたのは、恩師であった作家・辻邦生さんが亡くなってからだった。何年も前の夏の盛りだった。ささやかな葬儀が行われたのは、軽井沢の森の中にある辻さんの夏の山荘だった。

辻さんは夏が好きだった。地上にあることの豊潤なよろこびを夏ほど濃密に五感で味わえる季節はないからだ。その愛した夏に、大好きな軽井沢で辻さんが亡くなったのは、恩寵ともいえるはからいなのかもしれなかった。

山荘のまわりは高い木々にかこまれ、その無数の枝から広がる若葉の茂みを透かして夏の澄んだ光があたりを満たしていた。辻さんの死も、この光や陶酔の一部となって、この豊潤な夏の気配をささえているのではないか。そんなことを思った。

ディーリアスの「夏の歌」を聞いたのは、それからしばらくしてからだった。なんどか聞いていたはずの音楽だったが、軽井沢の夏の光がいまだからだを満たしていたせいか、その響きはずいぶんちがって聞こえた。いままで聞こえなかったこの音楽の音にならない部分が、からだの奥深くにしみこんで自分を内側から満たしていくようにすら感じられた。この音楽にこめられた夏の気配や陶酔やよろこび、哀感や絶望などが自分の肉体を通じて共鳴するような感覚だった。

のちに、ケン・ラッセルが晩年のディーリアスを主人公としてつくった映画「A Song of Summer」(1968)を見て、彼がこの曲をつくったのは梅毒のために目が見えなくなり、四肢の自由も失った最晩年であったことを知った。映画ではディーリアスは救いがたいまでに偏屈で意地の悪い老人として描かれているが、実際、そのとおりだったらしい。「夏の歌」はディーリアスを慕ってやってきた、けなげな若い弟子が、さんざんな意地悪を受けつつ、そのハミングや口頭による指示によって構成した作品である。

うつろいゆく夕闇が、刻々と一瞬前の風景を打ち消しながら闇に沈んでいくように、ディーリアスの旋律もあらわれるそばから消えてゆく。ある旋律が立ち上がりざま一瞬きらめいたと思ったら、はっきりとした輪郭をあたえられるいとまもなく、次の瞬間には大気の中にとけ込んでしまう。だから、ディーリアスの旋律は口ずさみにくいし、頭の中で反芻しにくい。

けれども、夏の光が大気の中に満ちてくるようなこの季節になると、なかなか思い出せなかったディーリアスの響きが、ふいに陽炎のように風景のなかに気配となって立ちあがっているのに気づく。風に揺れる若葉や、水に映る午後の日ざしや、暑い草いきれの中を舞う羽虫の恍惚のなかに、いつまでもけっして過ぎ去ることのないディーリアスの夏が奏でられている。

  

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*恐れを知らないコンサート

恐れを知らないコンサート

以前書いた恐れを知らないアサカワ君がライブを企画した。アサカワ君が出るのではなく、彼の奥方の単独ライブである。彼の奥方は、音大のクラシック声楽出身である。今回は自作の曲のピアノによる弾き語りを中心としたコンサートを開くという。

奥方の歌は聞いたことがある。声楽をやっていただけあって、張りのきいた伸びのある美しい歌声だ。どんなライブになるのか楽しみにして、当日、会場のライブハウスに出かけた。

会場につくと、開場前から長蛇の列だ。宣伝もほとんどしていないというのに、たいしたものである。アサカワ君に会うために、開場前にライブハウス内に入れてもらう。アサカワ君と奥方のほかに若い男女が10数人いる。スタッフにしては多い。バンドのメンバーなのか。

聞けば、彼らは奥方が歌を教えている生徒たちだという。しかも、彼らも出演するという。プログラムを見せてもらうと、なんと生徒たちの出番が全体の3割を占めている。こ、これは……。

アサカワ君に聞くと、出演させてあげるからチケットを買うようにといったのだそうだ。出演者にまでチケットを買わせるとは、さすが恐れを知らない。それも10数人もである。

奥方のリハーサルのあと、生徒たちのリハーサルが始まった。ギターとドラムという男の子二人がステージに上がった。しかし、これだけでは伴奏が貧弱なので、彼らはあらかじめつくったベースやキーボードの入った伴奏テープをバックに流し、それに合わせて演奏をするらしい。

テープが流れはじめ、それに合わせてギターがジャジャーンと入った。ところが、その響きを聞いて唖然とした。伴奏と楽器と歌のキーがまるで合っていない。しかも、なお驚いたのは、演奏者たちはそのずれを気にすることもなく、そのまま演奏をしている。こんなんで大丈夫なのか。

やがて開場となった。列をなしていたお客さんたちが店内に入ってくる。しかし、その数が尋常でない。どう見ても30人くらいしか入らないライブハウスなのに、客は優にその倍以上はいる。いったい、アサカワ君はチケットを何枚売ったのだ。

アサカワ君に聞くと、先日、お台場で農業見本市があったときに、自社(彼は農業関係の会社に勤めている)のブースで農機具や農薬などのパンフといっしょに、奥方のライブのチケットやパンフもいっしょに並べて売ったという。そのほか取引先をはじめ、あらゆるつてを利用して、チケットを売りまくったという。

そういわれると、中年のおばさんのグループやら、スーツを着込んだ役員風のオヤジの団体とか、よくわからないお客さんが目立つ。少なくとも、こういうライブハウスに来るような雰囲気の人たちではない。それより問題なのは、とっくに定員オーバーで店内が満員電車状態になっていることだ。入りきらないお客さんが入り口の階段まであふれている。

でもアサカワ君はどこ吹く風である。ちょっとチケットを売りすぎたみたいですね、と涼しい顔をしている。

ライブが始まった。奥方がピアノの弾き語りを始める。しかし、入り口では入りきらない人たちが押し合っている。店内では身じろぎもできず、低いステージぎりぎりまで人が押し寄せている。

数曲終わったあと、生徒たちの出番となった。さっきのギターとドラムの二人がステージに上がった。テープが流れ、演奏が始まった。さっきと同じである。キーは最初からずれているうえ、伴奏とドラムのリズムがどんどんずれてゆく。とんでもないことになっているが、ステージの二人はまるで気にしていないようで、「虹を越えて、ぼくらの夢は〜」とかシャウトしている。

これはちょっとまずいのではないか、とどぎまぎしながら客席に目をやると、お客さんもどう反応していいのかわからないようで、呆然としている。

そのあとも続々生徒たちの演奏がつづく。「この曲はわたしの勤めている幼稚園の生徒たちといっしょに歌うためにつくった曲です」といって、女の生徒さんが童謡めいた曲をピアノで弾き語る。ここは幼稚園か。

生徒たちの合奏はつづく。彼らはほんとうに歌を習っているのか。本気でプロのミュージシャン志望だというのか。NHK素人のど自慢の予選だって、もう少しましなのではないか。お客さんたちはこんなものを聴くために2000円払ったのか。暴動になるのではないかと、人ごとながら心配になってくる。アサカワ君を見ると、笑っている。笑っている場合か!

しかし、ここまで開き直った突拍子もない演奏がつづくと、逆に自分が置かれている状況のナンセンスさに笑いが込み上げてくる。なにかとんでもない別世界にまぎれこんでしまったのではないか。夢でも見ているのではないか。しまいには横隔膜の震えが止まらなくなり、涙があふれてくる。音楽を聴いて涙を流したのなんて、何年ぶりだろう。

演奏が終わると、静まり返っていた満員の客席からも、笑いが爆発した。笑いによって緊張がほぐれたのか、もう何でもいいやという気持ちになったのか、そのあとはなんとなく和やかな楽しげな雰囲気のうちに幕を閉じた。これも計算されていたことだったとしたら、たいした企画力である。

ステージ後、アサカワ君に、どうでしたかと訊かれる。かろうじて「す、すごかったね……」というと、彼も「これほどになるとは思っていなかったんですけどね、ハハ」と笑った。それから「また、こんどやるときも来てください」と恐れを知らない男はつけくわえた。

 
*後記

パソコンやネットの普及のおかげで、いまやだれでも自作の曲を発表できるようになった。中には思わず言葉を失うものもある。その中でも、このサイトで公開されているオリジナル曲はおそろしく衝撃的だった。一部ではカルト的な人気があるらしいが、なんともいえない。「僕はCDデビューしたいし」とのことだが、うーむ、アサカワ君なら彼をどうプロデュースするだろう。2001年の曲の「エビ、丸まってた」と2002年の「茶道部」が、けっこう好きだ。

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