わたしの訳した『自然のふしぎ大図解』という本が出ました

わたしが翻訳した『自然のふしぎ大図解』(作:A・ウッド&M・ジョリー/絵:O・デイビー/訳:田中真知/偕成社 3240円)という本が発売されました。英国のイラストレーターによる、とてもすてきなイラストが全編につかわれた自然と生きものをめぐる大判の図解解説本です。独特な味のあるイラストが魅力ですが、それぞれの動植物の特徴は正確に描かれています。


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絵本のように眺めているだけでも楽しい本ですが、内容も劣らずすばらしい。熱帯雨林、砂漠、水辺など、さまざまな環境にくらす生きものが、生きのびるためにどのような戦略をとり、互いにどのようにかかわりあっているか、しっかり押さえられています。


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平易ながら、食物連鎖や移動、生物多様性、群れと社会性、擬態など自然や生命の本質をきちんと伝えているのは、さすが環境生態学の先進国にして、あひる先進国でもあるイギリスです。こういう本はなかなかなかったと思います。総ルビなので小学生から読めますが、自然や動植物について基本的なことを学びなおしたい大人にもつよくおすすめです。<(˘⊖˘)ノ


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小松義夫さんの新刊『人と出会う場所 世界の市場』が楽しい!

旅に出ると、まず市場を見にいく。市場ほど、そこに暮らす人びとの生活がよく見える場所はないからだ。どんなものが売られているかだけでなく、売っている人たちや、そこにやってくる人たちが、どんな顔をして、どんな服を着て、どんなふうに歩き、どんなふうにしゃべり、どんなふうに笑うのか。どんな音や匂いや色があるのか。そういう刺激に五感をさらしていると、そこに暮らす人びとが生きているリズムが、じわじわとからだに伝わってくる。それくらい市場は土地と人びとをめぐる多様な情報にあふれている。それに、なんといっても楽しい!


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小松義夫さんの新刊『人と出会う場所 世界の市場』(アリス館)は、まさに、そんな市場の楽しさをいっぱいに伝えてくれる。小松さんには『地球生活記』や「地球人記』(いずれも福音館書店)など世界の暮らしを撮影した写真集がたくさんある。世界中の変わった家を、まちがいなく世界でもっともたくさん撮影されている方だ。家といっても有名な建築家がつくった「作品」ではない。土地に根ざした暮らし方から生まれた、それはそれは不思議な家ばかりだ。そうした家はそこに暮らす人びとと切り離せない。だから、小松さんの写真集には人がたくさん出てくる。


この本も主役は人だ。東ティモールの市場、インドの花市場、ミャンマーの湖上の市場、ブルキナファソの壺の市場、アルバニアのヤギやヒツジの市場、オマーンの魚市場など、登場する市場はじつにさまざま。その市場をどんな人たちが行き交い、どんなふうにものを売って、どんなふうに食事をして、どんな屋台が出ていて、どんな「計り」が使われているのか。世界各地の市場から見えてくる人びとの暮らしぶりはじつにさまざまなのだけれど、でも、売ったり買ったり、食べたり、飾ったり、集ったりというひとびとの営みは、どこでも共通している。


この本では写真の中にちょっとした説明がついている。「おしゃべり中」とか「床には毛皮をしく」とか「屋根から草が生えている」とか、眺めているだけでは見逃してしまいそうなところにコメントがついている。おかげで、「こんなところにこんなものが」という発見がある。よく見ると、笑っているヒツジがいたり、手にヘナの模様を描いている女の子がいたりする。ほかにもいろいろある。ブリューゲルに「子どもの遊戯」という絵があるけれど、あんなふうに、一枚の写真の中にたくさんの物語が展開されている。


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小松さんは「市場は品物を売り買いするだけの場所ではなく、人の生活があらわれ、また文化がそだっていく、とても魅力的な場所」であり、「人と人とが出会い、集い、交じり合い、新しい力が生まれる場所」と書く。だから、市場はショッピングモールとはちがう。「誰に言われたわけでもないのに、人びとがあつまり、路上に品物をおき、売り買いをしている・・・それが定着していつしか町となった場所がたくさんある」と小松さんはいう。「誰に言われたわけでもない」というのが、だいじなところだ。誰に言われたわけでもなく生まれたものには、気持ちのよい自然な活気がある。市場が楽しいのはきっとそのせいだ。



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浅川芳裕さんが 『ドナルド・トランプ 黒の説得術』という本を出した

米国大統領選決着が間近の中、ジャーナリストの浅川芳裕さんが『ドナルド・トランプ 黒の説得術』(東京堂出版)という本を出した。浅川さんは、農業分野での仕事がメインだが、もとはカイロ大学でアラビア語やヘブライ語を学びつつ、イスラム主義者の取材やらなんやらでエジプトで計6回留置場に入った経験をもつ恐れを知らない男である。


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その彼がどうしてトランプの本を? しかも、トランプへの逆風が吹いているこの時期に? あとがきにも書いているが、浅川さんはもともと共和党候補の一人だったランド・ポール上院議員に親近感を抱き、ランド・ポールの著書『国家を喰らう官僚たち』(新潮社)の翻訳を手がけたほどだった。


ランド・ポールは共和党議員の中でもきわめて理性的・現実的な人物だ。彼は「アメリカをだめにしているのはワシントンに巣くう特権階級やロビイストといった既得権益者である」という立場から現実的な議論を展開していた。ところが、そのランド・ポールが共和党の予備選で、泡沫候補と見なされていたトランプとテレビ討論で相まみえるや瞬殺されてしまった。。。


それがきっかけで、トランプとは何なのだと関心を持った浅川さんは、予備選終盤の時期に米国を訪れ、トランプの政治集会やその参加者、ワシントンのシンクタンク研究員らに広く取材した。日本のトランプ報道は基本的にCNNをはじめ米国の反トランプ側メディアの見かたを踏襲しているが、浅川氏は逆にトランプ陣営の側に身を置いて、投票所などをこまめに訪れ、そこから見えてくるものをさぐった。また、過去のトランプのインタビュ−やスピーチ動画を子細に分析し、なぜトランプがこれほどの支持をとりつけることができたのかを明らかにしようとした。


興味深いことに、トランプの基本認識はランド・ポールや、そしてクリントンに敗れた民主党候補のバーニー・サンダースらに近い。「移民出ていけ」という話ではなく、ブッシュやクリントンといった特権的エスタブリッシュメントが力を持ちすぎたことが、アメリカをだめにしている、という見方だ。しかし、サンダースもランド・ポールも、トランプのように支持をかためられなかった。それは彼らに「説得術」というノーハウが欠けていたからだという観点からまとめたのが、この本だ。


では、どのような説得術なのか。たとえば意地悪なインタビュアーに「あなたの女性の支持率は低いですね。どうしますか?」と問われたら、ふつうの候補者なら「いや、そんなことはありません」といって、それに反するデータを提示したりするだろう。だが、トランプはこう返す。


「女性は私のことが好きです。とても多くの女性が私のことを支持しています。彼らはこういいます。私たちがドナルド・トランプを好きなのは、強さを感じるからです。この国を守ってくれるからです。女性を守るだけでなく、みんなを守るので、みんなトランプが好きです」(2016.3.31 Fox Newsによるインタビュー)


答えになっていない。。。女性の支持が低いというツッコミなのに、「女性はトランプが好きな話」に変わり、最後は「みんなトランプが好き」という結論にすりかわってしまう。


これが説得術と呼べるのか? 詭弁とも呼べないではないか。事実そのとおりなのだが、こうしたやり方でトランプが支持を伸ばしてきたのも紛れもない事実だ。それがどうして通用するのか。そのことを社会心理学やアリストテレスやキケロまで引き合いに出して分析したのが、この本である。


つまり、トランプの一見支離滅裂なスピーチが、じつはダブルバインドやフレーミング、認知バイアスやバンドワゴン効果といった社会心理学の諸法則や、古代ギリシア・ローマの弁論術の原則にかなっており、トランプ自身もそうした効果を見越して、ライバル候補へのあだ名のつけかた一つをとっても、緻密な計算にもとづいて、言葉を組み立てていることを、スピーチの分析から明らかにしていく。


たとえば、トランプはわざと曖昧な文言を用い、細部を語らない。それは彼が無知だからではなく(無知もあるのかもしれないが。。)、「聞き手一人ひとりが自分の信念に応じてトランプの発言を都合よく解釈し、つくりかえていく」効果を見越しているからだという。


物語のピースをあたえることによって、聞き手がそれを勝手に解釈して、自分の物語を作っていく。単一のストーリーを強圧的に与えるのではなく、聞き手の解釈を優先し、それに応じて、次のピースをばらまいていくのがトランプのやり方だ。その意味でトランプには強固な政治信条があるわけではなく、人びとの無意識を巧みに浮き彫りにして、それを自分への支持にむすびつけていく手腕に長けているといえる。


興味深かったのは、トランプが唯一師匠と呼んでいるビンセント・ピールという人物にふれている箇所だ。ピールは第二次大戦後に活躍した国民的に人気のあった米国人牧師で、今日自己啓発やビジネス成功哲学などでよく使われる「ポジティブ・シンキング」という言葉の生みの親でもある。また、キリスト教をエンターテインメント的なショー(スピーチ)によって成功哲学とセットにして伝える、というアメリカ的なキリスト教普及のあり方を確立した人物でもある。


ピールはアメリカ的なプロテスタンティズムをビジネスやライフスタイルと結びつける強固なモデルをつくった。その意味でカーネギーなどと同様、自己啓発型処世術の元祖である。そのやり方を忠実に受け継ぎ、エスタブリッシュメントなき本来のアメリカという理念のもとで、さらに発展させたのがトランプだというのが浅川さんの分析だ。


ただ、トランプもそうであるように、ポジティブ思考とはネガティブの徹底的な否定の上に成り立つ。そこにはポジティブが善で、ネガティブが悪であるという強固な二元論がある。つまり、ポジティブ思考の背後にはつねに恐怖がある。ネガティブなものへの強迫観念が、熱狂的なポジティブの礼賛へと結びついている。トランプが「移民」や「テロリスト」への恐怖をあおることによって、みずからのポジティブな印象を強化し、支持に結びつけようとしてきたのはいうまでもない。そして、それが機能してしまう社会的背景がアメリカにはある。


人をすぐ動かすのにもっとも効果的なのは恐怖である。政治とは本質的に、恐怖を背景に暴力をちらつかせることで成り立っている。この本は、トランプの説得術の緻密さを知ることで、アメリカに連綿と流れてきたポジティブ思考や成功哲学の背景に恐怖があること、さらに、その恐怖によって、いともかんたんに大衆が動かされてしまうことをリアルに感じさせてくれる。


成功哲学やポジティブ思考は、結局のところ、洗脳にほかならない。洗脳する側としてこのトランプの「説得術」を用いるか、それとも洗脳されないために用いるかは読者の自由だ。その意味で、この本はトランプの手の内を明かすことによって、逆説的に、自己啓発や成功哲学への辛辣な批判にもなっている。



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絶望したときには絶望読書を

頭木弘樹さんの『絶望読書』(飛鳥新社)が出た。頭木さんは『絶望名人カフカの人生論』『希望名人ゲーテと絶望名人カフカの対話』(ともに飛鳥新社)と、カフカと絶望をキーワードにした著作を発表されてきた。このたびの『絶望読書』は、頭木さんの絶望哲学?の濃密なエッセンスを、みずからの絶望体験をまじえつつ、わかりやすく解説した、とても心にしみいる本だ。

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絶望読書といっても、読んだら絶望する本という意味ではない。絶望しているときに、自分の気持ちに寄りそってくれる本とはどういうものか、という意味だ。もちろん、絶望の奈落に落ちたばかりのときには本など読む気になれないかもしれない。しかし、少し落ち着いて、目をあげると、どんよりした暗い雲が重く、低く、行く手にどこまでも垂れこめているようなとき、ぼくたちは本を手に取りたくなるかもしれない。でも、それはどんな本なのか。


よくあるのは「あきらめなければ夢は叶う」とか「考え方を変えれば幸せになれる」といった前向きポジティブ本だったり、困難にめげることなく目的を達成した人の話とか、そうでなければドタバタコメディだったりするかもしれない。あるいは、本ではないが「アフリカで飢えている人たちにくらべれば」とか「シリアの難民たちにくらべれば」というふうに極端な例とくらべて相対的に「自分の絶望なんてたいしたことない・・・」と考えようとしたりする。


それで元気になれるひともいるかもしれないが、そうでないひともいる。むしろ、そういう本やアドバイスによって、ますます気持ちが暗く沈んでいくこともある。そうした本やアドバイスには、暗く落ち込んでいるのはよくないこと、ひとは幸福であるべき、明るくなければ人生に意味はない、というメッセージがこめられている。つまり、いま落ち込んでいる自分を望ましくないものとして否定し、そこから一刻も早く回復することを促そうとするからだ。


でも、それは絶望のさなかにあるひとにとっては酷だ。いま絶望している人に幸福のすばらしさを説いても、苦しくなるだけだ。では、どういう本がいいのか。頭木さんは、そんなとき「やはり絶望した気持ちに寄り添ってくれるような本」がいいと書く。暗い闇の中に長くいたひとを、いきなりまぶしい光の下に連れ出すようなものではなく、その絶望にしんぼうづよく寄りそってくれるような本だ。裁いたり、道を指ししめしたり、笑わせたりするのではなく、絶望の中にいることを否定も肯定もせず、ただそこにいることをゆるしてくれるような本だ。それが絶望読書だ。


頭木さんは大学生のとき難病になって、13年にわたる闘病と手術によって、なんとか普通の生活が送れるようになった。長い闘病の間、自分が「人生の外」にいるかんじだったという。これが会社とかキャリアを積む中での一時的な挫折だったら、あるいはポジティブ本に書いてあるようなことで気持ちをきりかえて、がんばろうという気になれるかもしれない。そのひとはただ後れをとっただけだから。前にもひとはいるが、後ろには「自分よりも不幸な人」や「シリアの難民」もいる。


しかし「人生の外」へ出てしまったと感じているときには、そういう考え方はできない。そこはコース外であり、前も後ろもない。あらゆることから切れていて、どちらに歩いても、どこにもつうじていない。そこにいるのは自分だけ。それはひたすらに孤独な世界だ。しかも、いつまでつづくかわからない。そういう絶望とは無縁な人生もあるかもしれないが、なにかの偶然で、そんな人生を生きなくてはならなくなることも少なくない。そういうひとたちのために絶望読書が必要だ、と頭木さんはいう。それは気晴らしや娯楽、あるいは教養のための読書とはちがう。溺れているひとが空気を必要とするように、砂漠で渇いたひとが水を必要とするように、生きるうえでなくてはならないものを与えてくれるような読書なのだ。


この本の中では、カフカはもとより、ドストエフスキー、太宰治らの小説のほかに、桂米朝の落語、山田太一のテレビドラマ、金子みすずの詩など、さまざまな物語がとりあげられている。そこに付せられた頭木さんの解説がとてもいい。「落語の明るさ」とは「太陽のような、闇を追いはらう明るさではなく、月のように夜の暗さと共にある明るさ」だという。とても美しい表現だし、ああ、そうかとおもう。なにが「ああ、そうか」は、ぜひ本書を読んでほしい。


現生人類のことを「ホモ・サピエンス」(知恵のある人)というが、知恵があるがゆえに、ひとは現実と言葉やイメージの世界を混同して、しばしば現実を受け入れられなくなって絶望する。ひとは絶望するもの(ホモ・ディスペラトゥス?)といってもいいかもしれない。でも、そんなとき、すぐ答えを見つけなくてはとか、いそいでここから出なくてはと考えるのではなく、時間をかけて、あせらず、しっかり絶望とつきあったほうが結果的に生きる力につながることがある。その伴侶となってくれるのが絶望読書だ。


話はそれるが、その頭木さんが選りすぐった絶望本を集めた「絶望読書フェア」が青山ブックセンター本店で開催されている。選ばれている31冊の本の中には、拙著『たまたまザイール、またコンゴ』も選ばれていた。ある方が写真を撮影して送ってくださった。

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ランド・ポール『国家を喰らう官僚たち』

カイロ時代からの畏友の「アサカワ君」こと、ジャーナリストの浅川芳裕さんがランド・ポール『国家を喰らう官僚たち』(新潮社)という翻訳本を出した。著者のランド・ポールは次期大統領候補の共和党上院議員で若き保守派の旗手。肥大化した官僚支配を激しく批判して、「小さな政府」を徹底して進めることを主張してきた。その彼が、アメリカの官僚主義の実態を明らかにした本なのだが、ブラックコメディーかと見紛う不条理にして狂気じみたエピソードの連続に驚かされる。

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たとえば、10代の若者がウサギの飼育を行って2009年に440羽のウサギを販売して200ドルの利益がでた。もう興味がなくなったのでやめようと思っていたところに、ある日突然、農務省の役人がやってきて査察を行い、その後「動物保護法」に違反しているので罰金を払えという通知が来る。その額が390万ドル! 日本円で約4億数千万円である。


また、ある夫妻は夏を過ごすために2万3000ドルで購入した分譲地に、家を建てるために土地に砂利や盛り土を入れ始めると、環境保護庁がやってきて「湿地」の上に「盛り土」をするのは「水質清浄法」に違反しているとして、建設の停止を求められるとともに、一日につき3万7500ドル(約450万円)の罰金を科された。しかし、この地区は池にも川にも面しておらず、全国の湿地目録にも含まれていないのだが、環境保護庁が湿地だといえば「湿地」になってしまう。


また、こんなのも。2009年のある日、老舗のギター・メーカーのギブソンの工場に、自動小銃や防弾チョッキで完全武装した30人の特殊部隊が突入し、従業員らを退去させ、ギターの原材料となるマダガスカル産やインド産の木材数十万ドル相当を押収した。べつに工場内でテロ計画が行われていたわけでも、ギターに密売麻薬が仕込まれていたわけでもなく、行われていたのは通常どおりのギター製作だった。


この事件はあのギブソンということもあって、日本でも報じられた。「レイシー法」という植物を国際間で取引する場合の輸出入や販売などを取り決めた悪名高い法律にギブソン社が違反したかどで魚類野生生物局から差し押さえを受けた、というニュースで、そのまま読むと、まあ仕方ないのかなとも受けとれるような報道だったが、現実は仕方ないどころか、まったくもって理不尽な言いがかりでしかない実態が本の中で暴露されている。内容はややこしいので、ここでは省略する。


驚かされるのは、このとき突入した「特殊部隊」の所属が魚類野生生物局だったということだ。なんで魚類野生生物局が武装化しているのか不思議な気もするが、アメリカでは魚類野生生物局だけでなく、農務省も、環境保護庁も武装した特殊部隊を備えているという。米政府には武力を行使できる官庁や機関が38もあるのだという。官僚が武装化しているのだ。予算にしても桁外れで、農務省ひとつとっても1500億ドル(約18兆円)で職員の数は10万。参考までに日本の農水省の予算は2兆5000億円、職員数は約2万4000人。国土面積や人口の差を考慮しても、米国の農務省の規模は桁外れだ。


そこまで肥大化した政府機関とそれを支える官僚機構が、自分たちの権益を守るために、つぎつぎとパカげた規制をつくり、国民に奉仕するどころか、いかに国民を虐待し、やりたい放題をくりかえしているか。その正気を失ったアメリカの現実が明かされる。それは自由があるがゆえの一部の歪みであり、アメリカが「自由の国」であることにはちがいないと言われる向きもあるかもしれないが、この本を読むと、グローバル化や新自由主義といった言葉から連想される自由放任のアメリカというのもまた幻想であり、一方でアメリカが本来の自由主義から日々遠ざかっていることがよくわかる。


浅川さんのあとがきによると、ランド・ポールは自身の立場を「立憲保守派」と呼び、国家の過剰な介入や官僚の越権行為には断固反対で、「自由と財産を侵害する他者が登場すれば、いつでも武力で対抗できるのがアメリカ国民に与えられた神聖不可侵の権利」だと固く信じているとのこと。だから、国民皆保険にも銃規制にも反対。


このあたりは多くの日本人には、なかなか納得いかないだろうが、冷泉彰彦氏によるとランド・ポールにとって「要するに福祉というのは『出来る人間、持てる人間が自発的に行うもの』であって、自分は無償診療で無保険者を救うが(ポール氏は眼科医)、オバマの公的な国民皆保険には『絶対に反対』という」立場なのだそうだ。そのあたりのことはこの本には書いていないし、いちがいに「小さな政府」がいい、いや「大きな政府」でないと、などともいえるものではない。ただ、行き過ぎた官僚支配がいかにおぞましいものかは十分に伝わってくる。


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新刊『たまたまザイール、またコンゴ』発売+トークイベントのお知らせ

ようやく自分の本の告知です(*´Θ`*)。コンゴ河の旅についての本ができました! タイトルは『たまたまザイール、またコンゴ』(偕成社)。6月17日発売予定。約300ページでカラー写真もふんだんに入っています。

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アフリカ中央部の密林を流れるコンゴ河を2度にわたって下った旅の話です。1991年、妻と二人で丸木舟を1ヵ月あまり漕いで下ったコンゴ河を、それから20年以上たった2012年に再訪し、こんどは偶然知り合った若い後輩とともに、またも丸木舟や輸送船などで下った旅の話をまとめたものです。

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前半が昔の旅、後半が今回の旅の話になっています。前回の旅の後、ザイールはクーデターで国名がコンゴ民主共和国と変わり、そのあと長い紛争を経て、ようやく落ち着いてきました。グローバル化のすすんだこの20数年、アフリカ中央部のジャングルの中でなにが変わり、なにか変わらなかったのか。前回は食べられなかったサルやイモムシを食べつつ、矛盾と不条理の波状攻撃の中で見たものはなんだったのか、硬軟とりまぜつつ(でも、どちらかというと軟が多い)書き下ろした本です。

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発売を記念して、西荻窪の旅の本屋「のまど」さんで6月26日(金)19時半よりトークイベントを行います。コンゴ河の旅の話はこれまでも「コンゴ・アゲイン!」と題してなんどか行ってきましたが、せっかくなのでちょっと変化?をつけたいと思っています。本では見られない動画も上映します。久しぶりにハピドラムの演奏もしますので、ご興味ある方はぜひおいでください。


【日時】2015年6月26日(金)19時半(19時開場)
【参加費】900円 ※当日、会場入口にてお支払い下さい
【会場】旅の本屋のまど店内  
  東京都杉並区西荻北3-12-10 司ビル1階

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【申込み・問い合わせ】
http://www.nomad-books.co.jp/event/event.htm
  お電話、ファックス、e-mail、店頭にてお申し込みください。   
  TEL&FAX:03-5310-2627
  e-mail :info@nomad-books.co.jp(お名前、ご連絡先電話番号、参加人数を明記してください)
  ※定員になり次第締め切らせていただきます。

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西牟田靖『本で床は抜けるのか』を読んだ

ノンフィクション作家・西牟田靖さんの『本で床は抜けるのか』(本の雑誌社)は、タイトル通り、床が抜けるほどの大量の蔵書を持つ人たちが、どうやってそれらの膨大な本と生活との折り合いをつけていったかを、丹念な取材によってレポートしたルポルタージュ作品だ。

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蔵書家の苦労を扱った本ならば、これまでにもあったけれど、その多くは技術的な工夫だったり、珍奇なエピソードだったり、偏執狂的な本マニアのキャラクターにスポットが当てられていたりするものが多かったように思う。でも、西牟田さんのこの本は、本というものを人生の中に抱え込んで生きざるをえない、人間の業のようなものをつよく感じさせるという点で、読んでいてなんどもしみじみするものを感じた。


なにより、著者の西牟田さん自身が、本を抱え込んでしまったことがきっかけとなって大きな人生の変転に直面することになった顛末が明かされるにいたって、本というのはなんなのだろう、とあらためて考えさせられた。「本を読みなさい」「本を読まないとろくな人間になれませんよ」みたいなことを学校教育でいわれつつ、本を読みつづけたあとに待っているこうした運命を知るとなんともいえない気持ちになる。


ここには、死後、遺族が途方に暮れるような蔵書を遺した井上ひさしさんや草森紳一さん、大量の蔵書をもちながらも病気がきっかけで、大半の本を処分したイラストレーターで作家の内澤旬子さん、難病でからだの負担を軽減するために電子化もふくめて、徹底的な本の管理化を図った大野更紗さん、自分の脳内を階層化したような構造を持つ円筒形の書庫をつくった経済学者の松原隆一郎さんら、本をめぐる業によくもわるくも人生を左右された人たちの話が展開されている。じつはぼく自身も西牟田さんからインタビューを受け、父親の大量の本を処分したときの話をさせていただいた。その話も本書の中に収められている(「天文学マニアだった父親の蔵書を捨てる」)。


『本で床は抜けるのか』というタイトルを問いかけだととるならば、まちがいなく「抜ける」と思う。ある臨界量を超えた本は、現実の物理的な床ではないにしても(そういう例も本書には報告されているが)、かならずなにかの床を突き破る。ここに登場する人たちもみな、本に人生の床を突き破られてしまった人たちだ。床が抜けること自体はいいことでも悪いことでもないが、本は床を抜かすために読むものであるのはたしかだ。そうでない読書なんて意味がない、とまではいわないが、それだけ本を読んでいれば床が抜けても持ち直せるような力はきっとついているはずだ。たぶん。

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「希望名人ゲーテと絶望名人カフカの対話」のこと

世の中には前向きな言葉があふれている。「願えばかなう」「やればできる」「自分に自信をもて」「失敗を恐れるな」「自然体でいい」みたいなスローガンが本でもネットでも飛び交っている。それだけ現実の世の中が暗くて、重苦しく、自然体でいたらつけこまれ、失敗したらじつは終わりという世界であることの裏返しなのだろう。それはわかるが、だからこそ、そうしたポジティブな言葉の氾濫に白々とした空しさをおぼえてしまう。


そんなとき、といっても数年前だが、近所の本屋で頭木弘樹さんの『絶望名人カフカの人生論』(飛鳥新社)という本を目にした。黒を基調とした暗い装丁にひかれて手にとったら、「将来に向かって歩くことは、ぼくにはできません。将来に向かってつまづくこと、これならできます。一番うまくできるのは倒れたままでいることです」という一節が飛び込んできた。カフカって、そういうひとだったのか? めっぽう暗いんだけど、暗さもここまでいくと笑うしかない。小説だけではわからないカフカの人物像が日記や対話や手紙の言葉からあざやかに浮かんできて、その場で立ったまま最後まで読み、しかも買ってしまった。

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カフカは後ろ向きだ。なにごとにもネガティブで、すぐに傷つく。そして、いつもあらゆることを心配している。健康についても能力についても、自分にかんするいっさいについて心配ばかりしている。そうしているうちに本当に健康を損ない、40歳で死んでしまうのだ。かわいそうなカフカ。でも、そんなに暗くて、後ろ向きなのに、カフカはそれを社会や他人のせいにはしない。世界はすばらしいかもしれないけれど、ぼくにとってだけはそうではない、ダメなのはぼくだけだ、というのがカフカだ。面倒くさいやつかもしれないが、いやなやつではない。それどころか、そんなカフカに魅せられ、彼を慕う人たちは少なからずいた。カフカはやさしいひとだったから。


前向きに生きられるなら、そのほうがおそらく人生は楽しいだろう。ときにはトラブルだって起きるだろうけど、失敗から学ぶことは多いし、生きる力だってつく。反対に後悔と取り越し苦労ばかりしていては、人生はつらくなるばかりだ。


たしかに、それはそうなんだけど、世の中には、最初からなにもいわれなくても、あたりまえに前向きに生きられる人と、自分で意識しないと前向きになれない人がいて、後者のタイプの人には、どうやったって前者のような前向きさは獲得できない。初めから前向きな人は「願えばかなう」とか「やればできる」系の言葉なんて、まったく必要としない。というか、たぶん意味がわからない。なぜなら、かなわなくたって、できなくたって、自信なんかなくたって、そういうひとは、そういうことと関係なく「やる」からだ。


逆に、自分で意識的に身につけようとした前向きさは、どこかぎこちなく、ぽっきりと折れるような弱さをはらんでいる。そういう人は、自分のやっていることをいちいち意味づけたり、自分で自分を励ましたりしないと動けない。その時点で、もうすでにナンチャッテの前向きだし、それをつづけていればストレスになる。そのストレスをも前向きにとらえなくてはと思うと、さらにストレスが増す。そんなスパイラルに陥ったら、生きる力なんて失われてしまう。


たとえ努力と苦役の末に前向きになったとしても、根っから前向きの人にはかなわない。そんなことするくらいなら、むしろネガティブでなにが悪い、と開き直った方がよほど前向きなのではないか。そう思うことが多かっただけに、カフカの底なしのネガティブぶりには、なにか気持ちよさすら感じる。希望があるふりをするより、絶望をつきつめたほうが、かえって気持ちがゆるみ、生きる力が湧いてくるという逆説。それが絶望名人カフカの教え?だ。


前置きが長くなってしまった。。。その「絶望名人カフカ」の編訳者の頭木弘樹さんが、このたび『希望名人ゲーテと絶望名人カフカの対話』(飛鳥新社)という本を出した。絶望しつづけて40で無名で死んでしまったカフカに、若くして名声をえて、なにをやってもうくまいき、生きていることをだれよりも楽しみ、70過ぎて10代の少女に熱烈な恋をして82まで生きたゲーテをぶつけたのだから、おもしろくないわけない。


まず、装丁がすごい。


こういう本なのだが・・・

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一見、上の白い部分がカバーで、下の黒いところが帯のように見える。

 

ところが・・・

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カバーをはずすと、帯に見えていたところは、じつはカバーを折り返した部分であって、そこを広げると・・・
 

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こうなっている! ゲーテ的な明るく楽しげな人びとの姿が白を背景に展開されている。


 
だが裏返すと・・・

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うなだれ、うちのめされ、頭を抱えるひとたちが。。。よく見ると木も枯れているし、地割れもできている。絶望と苦悩に満ちたカフカの世界だ。。。ポスターみたいに壁に貼って気分に応じてゲーテ・サイドにしたりカフカ・サイドにしたりしたら楽しそうだ。


 
タイトルどおり、この本にはカフカとゲーテという2人の文学者の言葉が取り上げられている。なにかと絶望し、なにごとにも後ろ向きだったカフカ。一方、いつも希望を語り、生きることを謳歌したゲーテ。2人の性格や生き方はあまりにも対照的だが、カフカは自分とあまりにもちがうタイプの作家であるゲーテの作品を終生愛読し、ヴァイマール時代のゲーテの家を訪れてさえいるという。

 


正反対に見えるカフカとゲーテだが、この本を読むと、ちがっているように見えながら、じつはひょっとして同じことをいっていたのではないか、と思わされる点もおおい。生きる姿勢や、ものの考え方のくせはちがっていても、現実に対する認識、めざしていた方向性は案外ちかかったのではないか。ゲーテの希望とカフカの絶望は対立する概念ではなく、じつのところ表裏一体なのかもしれない。希望を支えているのが絶望であり、絶望を支えているのが希望なのではないか。そんなことを思った。


ぼくもそうだが、カフカのことも、ゲーテのこともあまりよく知らないひとでも、この本はきっとおもしろく読める。というのも、たんにカフカとゲーテの言葉がのっているだけではなくて、そのあとに頭木さんによる、2人の言葉にまつわるエピソードの紹介や解説がされていて、それがとおりいっぺんの説明ではなくて、じつに気の利いたエッセイになっているからだ。


とくにカフカをめぐるエピソードはとてもいい。こんな話が紹介されている。あるとき、カフカは公園で人形をなくして泣いている少女に出会った。カフカはその少女に「お人形は、ちょっと旅行に出ただけだよ」と声をかけ、つぎの日からカフカは少女にあてて、人形が旅先から送ってくる手紙を書いて毎日少女に渡したという。手紙は三週間つづき、その間に、人形は旅先でさまざまな冒険をして、いろんな人と出会い、成長し、最後は遠い国で幸せな結婚をした、というお話になったという。なんて、やさしいカフカ!

Franzkafka


また自分に自信のなかったカフカは、最初の作品集の原稿を編集者に渡したとき、こういったという。「出版していただくよりも、原稿を送り返していただく方が、あなたにずっと感謝することになります」。そして、出版された本を知り合いの女性に贈ったとき、カフカが本に書いた献呈の言葉というのは、こういうものだった。「いちばんいいのは、いつもパタンと閉じておくことです」。なんて、小心者のカフカ!


それにたいしてゲーテはいつも自信に満ちている。ギリシア神話にミダスという王様が出てくるが、この王様が手で触れるものはすべて黄金になった。ゲーテは、このミダス王に自分をなぞらえて、「わたしの場合も似たようなものだが、もっと楽しい。わたしの手が触れれば、たちまち詩となる」と述べた。なんという傲慢なまでの自信! これにたいして、カフカの場合は、なんであろうと手が触れたものは、たちまち自分を傷つけるのだ。


これはこの本にはのっていなかったかもしれないが、あるときゲーテは「人生に当たりくじはわずかで、ほとんどは空くじです。空くじをひいたらどうします?」と聞かれて、「わたしが空くじをひくようなヘマをするとお考えですか」と答えた。カフカだったら・・・いわずもがなだろう。

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おそらく、ゲーテはなにを引いても空くじだと思わないのだ。それにたいして、カフカはなにを引いても、すべて空くじなのだ。どうして、これほどのちがいが出てしまうのか。思い出したのは、学生時代に聞いた辻邦生さんのゲーテをめぐる講演だった(のちに「ゲーテにおけるよろこびと日々」というエッセイとしてまとめられている)。
 

ゲーテは役人としての公務も、文学的創作も、科学研究にも等しく情熱をかたむけ、食べることも、おしゃれも、恋愛も、失恋も、生のすべてを楽しみ謳歌するような人生を送った。辻邦生さんは、そうしたゲーテの生に対する姿勢を、18世紀という時代を特徴づけている幸福の観念とむすびつけて考察している。


「18世紀には、何か価値ある仕事をして、それで初めて生きることが意味づけられる、というようなことはありませんでした。つまり19世紀以降に見られたように、外在化する無意味な日常生活のなかから、価値的な内在化された領域を切りぬき、そこに生きることではじめて意味充足を味わい、幸福を感じるという生き方はまだ生まれていなかったのです・・・」と辻さんは書いている。


その言い方をかりるならば、カフカの生きた20世紀初頭は、18世紀的な幸福の観念が完全に崩壊し、「外在化する無意味な日常生活のなかから、価値的な内在化された領域を切りぬ」くことでしか生の充足を得られなくなっていた時代だった。それがこの時代の多くの芸術家に分裂と不安をもたらしていた。中でもカフカはその不安を極度に敏感に感じていたひとりだったのではないか。ゲーテを尊敬しつつも、ゲーテ的な希望を語ることは時代錯誤であり、欺瞞でもあったと感じていたのかもしれない。

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カフカの描いた絵

 


話がそれるが、ゲーテとカフカをむすぶものとして、もうひとつ思い出したのはルドルフ・シュタイナーだ。カフカより20歳くらい年上だったシュタイナーは、当時、神秘思想家・人智学者としてヨーロッパ各地で精力的に講演を行い、多くの著作を発表していた。若い頃にゲーテの自然科学論文の校訂を行い、ゲーテ学者としても知られていた。そのシュタイナーの講演をカフカはプラハで聞き、シュタイナーその人にも個人的に面会して、質問もしている。カフカのシュタイナーにたいする印象は複雑で、どうとらえればいいのかわからないが、やはり自分には理解しがたいというかんじだったようだ。


シュタイナーがゲーテから学んだのは、自然とは唯物的・機械的な部品の集まりではなく、人間の知覚も含めてすべてがむすびついた有機的なものである、といった見方だった(ように思う)。そして18世紀的な世界観がすっかり崩壊した19世紀末以降、シュタイナーにとって芸術や科学や学問の目的は、すっかりつぎはぎになった世界のほころびを直して、ゲーテが見ていたような継ぎ目のない本来のありかたを再生させることだった(ように思う)。


そのシュタイナーにカフカが会いにいったのもまた、カフカの日記の記述からすると、生活や仕事や文学などの分裂を、どうにかしたいという気持ちだったのかな、という気もする。その分裂によって不幸になっている自分を、なんとかできないだろうか、といった質問をカフカはシュタイナーにぶつけている。でも、それにたいしてシュタイナーがなんと答えたかは書いていない。望んでいたような答えではなかったのかもしれない。


とりとめのない話になってしまったが、そんなわけでゲーテとカフカの対比というのは、いろんなテーマを含んでいて、あれこれ考えさせられることが多い。なんといっても、2人とも昔の作家なんだけど、ポジティブとネガティブという、いまなおひとを翻弄してやまない生きる姿勢について、いろいろためになることを教えられる。

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気分によって、右ページのゲーテ・パート(白地)だけ、あるいは左ページのカフカ・パート(黒地)だけを読んでもきっとおもしろい。カフカやゲーテの作品をこれから読もうという人にとっては、これほど楽しくて、深いガイドブックは、ほかにないだろう。本の紹介というか、感想というか、いずれにしても長くなりすぎてしまった。。。


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「あの日、僕は旅に出た」、蔵前仁一さんの30年

蔵前仁一さんの新刊「あの日、僕は旅に出た」(幻冬舎)が出た。この本は、「ゴーゴー・インド」「ゴーゴー・アジア」「ホテルアジアの眠れない夜」など数多くの著書、「旅行人」誌などで、いわゆるバックパッカースタイルの旅好きの水先案内ともいえる役割を果たしてきた彼のさまざまな旅、出版社の立ち上げ、そして旅行人誌の休刊にいたるまでの30年の歴史をふりかえった自伝的作品だ。1990年代初めに蔵前さんとナイロビで出会い、その後「旅行人」に長く書かせてもらった身としては、数ある蔵前さんの本の中でも、とりわけ感慨深い作品だった。

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本の初めのほうでは蔵前さんが仕事をやめてインドに旅立つまで、そして帰国していわゆる「インド病」になり、中国やアジアの旅を経て、ふたたびインドを訪れ、1986年の処女作「ゴーゴー・インド」が出るまでの経緯が記されている。「ゴーゴー・インド」は、それまでのインドを語るときに使われていた重苦しいスピリチュアル系の文体から、インドを解放してくれたエポックメイキングな本だった。それまでインド本といえば、大半が精神世界よりの自分探し的なものが多く、著者の投影した思い入れの中を歩かされているかのようなものが多かったからだ。


だが、「ゴーゴー・インド」はちがった。この本は、そうした精神世界系の物語からインドを解放してくれた。自分の思い入れを通して物事を受けとるのではなく、見たり聞いたりしてストレートに感じた驚きや疑問を、これまたじつにストレートな文章で表現する。それはあたりまえのことのようでありながら、ことインドに関してそうしたストレートなまなざしで向き合い、文章にした本はそれまでなかった。しかし、それこそがインドを旅したことのある人ならだれもが感じるリアリティーだった。自分の内面をぐるぐるさまよっているかのようなインド本にくらべて、「ゴーゴー・インド」には猥雑にして絢爛たるインドのリアリティーが鮮やかなまでに生き生きと写しとられていた。


インドばかりではない。蔵前仁一の文体は、旅そのものを、それまで旅につきまとってきたあらゆる物語や神話から解放してくれたのだ。むかし、安宿には何年も旅を続けているようなオヤジが若い旅行者に説教している場面が見られたものだ。だが、そういうオヤジが語りたがる「旅とはかくあるべきだ」「そんな旅は本当の旅ではない」的な説教に対して彼は距離を置く。一方、日本では、旅をしているというと「そんなのは人生を棒に振るようなものだ」「現実から逃避せずに、もっと人生をまじめに生きなさい」と決めつけたがる人もいる。そういう見方に対しても、彼はちがうんじゃないかという。


いずれにしても旅をなにかの枠に押し込めるような見方に彼はつねに首をふってきた。彼の書くものから伝わってくるのは、そうしたこわばった見方や先入観から、自分たちの考え方を自由にしてくれるからこそ旅は面白い、ということだった。そして、そういう彼の旅へのスタンスが幅広い世代の大きな共感を呼んだのだ。


この本の中で蔵前さんは書いている。「長い旅をしているというと、よくいわれたのが次の質問だ。それがいったいなんの役に立つのだ? ネパールがインドの北にあることを知っているのがなにかの役に立つとか、アフリカでクーデターが起きていることを知ることが世渡りのためになるわけではない。しかし、世界を知ることができる。世界をリアルに感じとることができる。それだけで十分なのだ。なにかの役に立つから旅行をしているわけではない。何度そういっても、なかなかわかってはもらえなかった。そいう意味では旅行者は孤立していたし、インターネットのない時代では簡単に情報を交換することもできなかった・・・」それがのちの「旅行人」の前身となるミニコミ誌「遊星通信」をつくるきっかけとなったと、彼は書いている。


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この本の後半は「遊星通信」を「旅行人」という名前に変更し、出版社を立ち上げ、「旅行人」を隔月刊で出しつつ、数々の単行本やガイドブックを出し、さまざまな転機を経て、最終的に旅行人誌の休刊を決断するまでの話だ。これは、これまで語られたことのなかった出版社の経営者としての蔵前さんの話である。それは新鮮な驚きに満ちた若き日の旅の話にくらべると地味で苦いエピソードも多い。もっとも、そこは軽快な文体のおかげですんなり読めるのだが、個人的には、この後半こそが、この本のいちばんの読ませどころのような気がした。


旅には、テイクオフとランディングという2つの面がある。テイクオフは文字どおり、日常をぬけだして旅立つことだ。それはたとえ苦労の多いものであっても、輝きに満ちた特別な時間である。人が旅に出たいと思うのは、あるいは、旅について書かれたものを読みたいと思うのは、この非日常的な輝きにふれたいからだ。けれども、どんな旅にも帰還、つまり日常的な現実への着地がある。じつは、長旅をしてしまった旅行者にとって、このランディングこそがなによりむずかしい。自分も含めて、このランディングでつまずいてしまう人は少なくない。ランディングできないまま、着地点を求めていつまでも上空をぐるぐるまわりつづけているような人もいる。だが、そんな旅人のランディングについて書かれた本というのはほとんどない。


この本の後半は、いわば蔵前さんが旅行人という雑誌をとおしたひとつの現実へのランディングの物語だ。グラフィックデザインをしていたとはいえ、会社経営についてはずぶの素人だった彼が出版社を立ち上げ、手探り状態でコンピューターによるDTP化を進めていく。同時に人件費や諸費用や流通経費をふくめた制作費を割り出し、営業活動を行い、資金繰りを考え、銀行に借金を申し込みといったことを行うことが、どれほどたいへんだったか、この本を読むとよくわかる。そんな地道な作業を行いつつ、月刊誌を刊行し、人の本の編集を行い、ガイドブックをつくり、さらにほかの出版社から出す本も書きつづけてきたのだ。この本に書かれているようなたいへんさは、本人からたまに聞いてはいたが、こうしてまとめて読むと壮絶である。


しかし、いろんな試練や苦難もあり、苦労して会社を維持することに疑問を覚えた彼は、思い切って会社を縮小する。旅行人誌もカラーをふんだんに使った大型の特集を組むという形に生まれ変わる。こうしてつくられた季刊旅行人は、そのデザインワークのすばらしさといい、内容の濃密さといい、特集のコアさといい、他に類のないものだった。それは世間の需要や要望などは関知せず、蔵前さん自身が「僕が興味のある場所やテーマを中心に特集を組み続けてきた。どんなマイナーな場所でもいっさいおかまいなし」に「それ一冊で資料にもなり、保存版になるような見ごたえある特集。他の雑誌で取り上げられない国や地域を、読みごたえのある分量で特集する」という方針をとったがゆえに実現したことだ。だが、その季刊旅行人もそれから7年後に休刊。23年間、165号にのぼる歴史が幕を閉じる。


この本には教訓めいたことはいっさい書いていない。新たな旅の文体をつくりあげ、それを発表する媒体を確立し、さらに出版社をたちあげて・・・といった、ある意味では旅のひとつのスタイルをつくりあげた著者の記録でありながら、ここには「こうやって努力してきたからいまの私がある」的な話などもちろんない。「強い意志や努力や行動力によって夢を実現しました」的な話もまったくない。「私にとって旅とはこういうものなのだ」的な話もない。


でも、それこそが蔵前仁一の魅力なのだ。「自分がおもしろそうだなと思ったことにただ一歩を踏み出す。うまくいくときもあればいかないときもある。それだけのことだ」と彼は書く。そうなのだ。旅立っても旅立たなくてもいい。たまたま自分は旅立った。そうしたら楽しかった。だからもっと旅をしたい、そのおもしろさを人に伝えたいと思った、でも、それには自分がおもしろいと思えないと意味がない、そういうことを、彼は徹底してきただけだ。そして「できることはみんなやっちゃったよな。アジア・アフリカを長く旅したときにイメージしたことはだいたい実現した」。だから、彼は旅行人の休刊を決めた。


おそらくこの先、旅行人のような旅の雑誌がつくられることは二度とないだろう。これほどぜいたくで、読者にも時代にもこびることなく、旅の楽しさをとことんつきつめた、楽しくて、深くて、おそろしく手間のかかる雑誌など、だれもつくろうとするひとなどいないだろう。それがわかるだけに旅行人が休刊になったことは、やはりさびしい。さびしいのだけれど、それはまた蔵前さんにとって新しいテイクオフにつながることなのだと思う。彼も書いている。「なにかをやめたからといって、することがなくなるということはない。また新しい何かが始まるだろう」と。それは旅をするぼくたちにとっても同じことだ。旅行人誌がなくなったって、旅は終わらないのだ。それじゃあ、また旅に出ようか。

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「本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること」

2012年5月15日、沖縄が本土に復帰して40年になった。沖縄の基地問題については新聞やテレビで目にすることくらいしか知らなかったし、正確にいえば、積極的に知ろうともしなかったという後ろめたさもあるのだが、昨年出たこの本(『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知ってること―沖縄・米軍基地観光ガイド』矢部宏治・文/須田慎太郎・写真)を読んで少なからぬショックを受けた。紹介しようと思っていたが、例によってだらだらしているうちに、一年近くたってしまった。。。

本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること―沖縄・米軍基地観光ガイド


ここに書かれていることが、タイトルどおり、本当に「本土の人間」がみな「知らない」ことなのかはわからないが、たしかに自分にとっては知らないことばかりだった。著者の矢部宏治さんも沖縄の人ではないし、かぎりなく平均的な「本土」人として、素朴な疑問だけをたくさん抱いて沖縄を訪ね、取材を通して見たり聞いたり考えたりしたことを、あらためて資料を吟味してまとめたもので、そのいい意味での低い目線がこの本の魅力である。沖縄の基地問題の政治的な是非を問うのではなく、ペリー来航以来の日本とアメリカの関係を問い直し、そこで生じてきた歪みに気づかせてくれるようなつくりになっている。


直接基地問題とは関係なさそうに見えるが、たとえば、あのペリーがどういうルートで日本にやってきたかって知ってました? 自分もそうだが、なんとなく黒船で太平洋を横断してきたのだろうと思っていないだろうか? 実際、司馬遼太郎でさえ、そう思いこんでいたふしがある、という。


だが、そうではないのだという。じつはペリーは大西洋をとおって喜望峰、そしてインド洋のマラッカ海峡をとおって西回りで日本にやってきた。しかも最初に上陸したのが那覇だったという。それだけだとただの歴史トリビアだが、その目的は「沖縄に海軍基地を獲得すれば、中国へ向かう太平洋航路を確立して、イギリスの世界覇権に対抗できると考えた」ためらしい。そしてこのときペリーがつくった地図や海図が「92年後の沖縄上陸戦で使われた」のだという。


また、米軍はイラクからは7年で撤退したのに、沖縄には67年たってもいつづけられるのはなぜなのか? 


さまざまな理由が挙げられるだろうが、その駐留を正当化しているおおもとの根拠は、どうやら天皇にあるという。引用されている進藤栄一氏の論文によると、「1947年、昭和天皇がマッカーサー司令部に対し、沖縄の半永久的な占領を求めるメッセージを側近を通じて伝えていた」。つまり「天皇は、沖縄に対する米国の軍事占領は、日本に主権を残したままでの長期租借−−20年ないし50年、あるいはそれ以上−−の擬制(フィクション)にもとづくべきであると考えている」という。


これは「天皇メッセージ」と呼ばれ、5月15日付の朝日新聞でもふれられていたが、無知な自分はまったく知らなかった。要するに、戦争放棄の理念にもとづき、天皇を米軍が守り、それゆえに日本の右翼が親米になるという「戦後日本の複雑なねじれ現象」がここから生まれたのである。「戦力放棄、平和憲法という理想を掲げながら、世界一の攻撃力を持つ米軍を駐留させつづけた戦後日本の矛盾は、すべて沖縄が軍事植民地となることで成立していた」(132p)というのだ。


もうひとつだけ取り上げると、普天間基地というのはアメリカの航空法からも、日本の国内法からも除外された対象になっているというのは、知ってました?


アメリカの航空法では、滑走路の両端から900メートル以内の区域はクリアゾーンといって、いっさい建物があってはならないことになっているのだが、普天間では、その本来クリアゾーンの中に、学校も公民館も保育園も住宅もある。こんなことがあっていいのか、と日本の法を見てみると、なんと日本の国内航空法からも、普天間は適用除外になっているのだという。これでは占領状態のときとなにも変わりない。


そんなわけで本土の人間だからというせいにするわけではないが、無知な自分にとっては「へー」「ほー」という話の連続だった。より正確にいうなら、報道などでなんとなく知っていた断片的な知識が、この本を読むとそれぞれつながってくるという感じなのだ。中途半端にまとめると誤解も生じかねないので、興味のある方はぜひ読んでみてください。版元のホームページから半分だけ無料でダウンロードもできるという太っ腹ぶりである。副タイトルに「沖縄・米軍基地観光ガイド」とあるように地図や交通案内など実用的な情報もたくさん入っている。そう、なんといっても、これはガイドブックなのだから。


写真もいい。すべてオールカラーだ。といっても基地の許可を得て撮られたお仕着せの写真でもなければ、潜入ルポ!とかいうような非合法な方法で撮ったものでもなく、フェンスの外側の、だれにも見とがめられない地点、いいかえれば観光客でも身を危険にさらさずに撮れるような位置からすべての写真が撮られている。そのせいか、どの写真にもどこか白々とした空しいような静けさがただよっていて、それがかえって沖縄の人たちが感じている基地への距離感や違和感や諦念に重なるような気もする。


文章は論文なみの濃さだが、基本はガイドブックだ。読みやすくするための努力や工夫があれこれ施されていて手作り感もたっぷりある。ちなみに著者の矢部宏治さんはぼくの高校・大学時代の同級生で、本人は忘れているかもしれないが、そのころちょっとだけ太極拳を教えたこともある。かつて大きな書店のカウンターにはかならずといっていいほど置かれていた「東京BOOK MAP」という画期的書店ガイドをつくった方でもある。

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