雑記

【あひる商会トーク第5弾!】 中田考×浅川芳裕 「世界征服に役立つ中東怪人対談」のお知らせ

2019年第1弾のあひる商会トークは癖のあるお二人をお迎えしての「世界征服に役立つ中東怪人対談」です。開催は1月19日(土)。あひる商会トークでおなじみのイスラーム法学者の中田考さん、そして農業ジャーナリスト、コンサルタントとして活躍される浅川さんはともにカイロ大学出身。

浅川さんは、わたしのブログにもときどき「恐れを知らないA君」として登場した奇才です。アイビーリーグに留学するつもりだったのに、湾岸戦争に触発されて19歳で山口からエジプトにわたり、カイロ大でヘブライ語を学び、スパイ扱いされて7 回拘束・拷問という、ややこしい留学生活については今年出た『カイロ大学』(KKベストセラーズ)に淡々と記されています。

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おそらくだれも表立って語らない中東事情と中田さんがもくろむ「世界征服」について、建前をいっさい廃した恐れを知らないトークになることが予想されます。(;´Θ`)ノ

【日時】1月19日(土)18時〜20時(会場17時30分)終演後に懇親会あり。
【場所】楽道庵(神田 or 淡路町より徒歩5分) 東京都千代田区神田司町 2-16
http://www.n-as.org/rakudoan/map.files/map.htm
【定員】 40名くらい
【参加費】3000円(懇親会は同じ会場でプラス1500円・食事・飲み物付き・お酒別)
【申込み方法】 (facebook経由とメール経由の2通りあり)
① facebookイベントページ「世界征服に役立つ中東怪人対談」の参加ボタンをクリック。懇親会参加希望者はイベントページのメッセージ欄でお知らせください。
https://www.facebook.com/events/2226636350689299/

② bozenkun@hotmail.comに「世界征服希望」と書いて、お名前と参加人数、懇親会参加の有無をお知らせください。いずれも参加費は当日支払いです。
【注意】会場は板張りで前は座布団、後ろは椅子になります。


【中田考(なかた・こう)】 イスラーム法学者。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。著書に『イスラームの論理』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『みんなちがって、みんなダメ』など多数。最新刊は『一神教と戦争』(橋爪大三郎との共著)。


【浅川芳裕(あさかわ・よしひろ)】 カイロアメリカン大学中東研究部、カイロ大学文学部セム語専科で学ぶ。その後イラクで映画制作、アラブ諸国との版権ビジネス、ソニー中東市場専門官などを経て、農業ジャーナリズムの世界へ。著書に『日本は世界5位の農業大国』『ドナルト・トランプ黒の説得術』ほか多数。昨年出した『カイロ大学』には秘密警察に7回拘束されたり、パレスチナでハマスのアジトで縄跳びを披露?したりというとんでもない留学生活が語られている。

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あひる商会ライブ「中東・ユダヤ音楽の夕べ」報告

昨夜のあひる商会イベント、辻圭秋さんの「中東・ユダヤの音楽の夕べ」、参加してくださったおおぜいの皆様ありがとうございました。これほど深い内容のレクチャーをまじえた生演奏は類がなく、こういう企画は民族音楽のライブでもおそらく他にはないと思います。懇親会もいろんな方がいらっしゃっていて、大いに盛り上がりました。

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ユダヤ音楽というと、スメタナのモルダウの旋律とか東欧系の音楽のイメージがありますが、辻さんによると一枚岩のユダヤ音楽という実体はないといいます。辻さんがエルサレムの音楽院で学んだのは、実際に存在するのは「ユダヤ音楽」ではなくて、イラクのユダヤ人の音楽、トルコのスペイン系ユダヤ人の音楽、イエメンのユダヤ人の音楽などであったといいます。彼らはユダヤ教徒である前に別の文化を持っています。


しかし、ヨーロッパ人を中心としてつくりあげたイスラエルという国家では、国家イデオロギーとして西洋古典音楽をベースとした音楽というのがつくりあげられていき、それが「ユダヤ音楽」としてアピールされてきた。しかしそれはエスニックな雰囲気はあるとしても基本的に西洋音楽であるといいます。

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80年代ころに流行した「ワールドミュージック」も基本的に西洋音楽の調性にのりやすい旋律を採用していて、エスニックな響きはあるものの中途半端なものだったといいます。ひとつには中東をはじめ各地の音楽には西洋音楽の調性に乗らない微分音という音があり、ワールドミュージックでは、これが排除されていた。つまり微分音をなくすことが近代化だった。


ウードとネイ(斜め笛)とサズと歌によるさまざまな背景を持つユダヤの音楽の演奏、そして高度で深い歴史や宗教の内容を含んだおそろしく濃密な話でした。ひとつの言葉の背後には関連した膨大な歴史的内容が芋づるのようにつながっているので、いちいちそれを説明してもらおうとすると、それだけで終わってしまいそうになるので流すことにしました(笑)。中田考さんとの話になると、さらにディープになっていく。。。

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私も含めて、ときどき置いてけぼりにされながらの話だったかもしれません。しかし、世界にはわからないこと知らないことがたくさんある、どこまでいっても世界は複雑でよくわからない、でもそれが面白いという思いを新たにしたイベントではなかったかと思います。


「わかりやすさ」をめざすと微分音を排したかつての「ワールドミュージック」のようなものになりかねませんが、辻さんの話はあえて自分たちが「なにをわかっていないのか」、「わかること」よりも「わかっていないことが、なにかわかる」ことのほうが面白いということをつきつけてくれる貴重な話でした。


お手伝いくださったあひる商会オーロラ部長、みあげる部長、すごいひと君ありがとうこざいました。

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あひる商会トーク・小松義夫「曲がったことが大好き」はこんなかんじでした

写真家の小松義夫さんの話にはいつも魅せられてきた。もちろん世界中で撮影されてきた、とんでもなく不思議な家の写真の数々もすばらしいのだが、小松さんとしゃべったり飲んだりしたときに出てくる家を訪ねる旅の道中の話がとほうもなくおもしろい。このおもしろさをぜひ多くの人と共有したくて企画した神田楽道庵でのあひる商会トーク「曲がったことが大好き」(2018.11.18)だったが、やはり圧倒的におもろしかった。あの場にいられた方たちは本当に幸運だった。異論のある人はいないだろう。

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小松さんの語りは、曲がりくねっている。テーマを決めて、役に立つ知見などもちりばめ、結論めいたものをまとめあげる、というようなもったいぶったものではまったくない。かといって、べらんめえだったり、教訓やひとりよがりな哲学とも無縁だ。淡々と、素直に、謙虚に歩いているうちに、いつしか脇道にそれ、同行者や随行者が増え、思いもよらない、自分では想像すらできなかった気持ちのよい、とんでもないところへ連れて行かれてしまう。旅でいちばんおもしろいのは、そういうときだが、小松さんの取材の旅はそんなエピソードにあふれすぎていて、語りもまたそうなのだ。


ガーナに取材に行ったとき60年前に第二次大戦でイギリス軍に編入されてビルマ戦線につれていかれて日本軍と戦ったというガーナ人のおじいさんと出会った(ガーナ人が日本人と戦っていたというのもびっくりだ)。ガーナ人の彼は日本軍はやられてもやられても向かってくるので「日本人というのはなんなんだ?」とショックを受け、戦後ガーナに帰国してからも気になって、英語の新聞でHirohitoというのが出くると切り抜いてスクラップしていたという。そうやって60年以上気になりつづけていたところに小松さんが現れた。ガーナ人の彼は狂喜した。60年なぞだった日本人が目の前にいる! ひとしきり、彼にヒロヒトのスクラップを見せられたあと、小松さんがバスに乗って帰ろうとすると、そのおじいさんが後ろから走って追いかけてきて、「日本人、なに食うんだ?」と叫ぶので「米!」と返すと、飛び上がって喜んでいたとか。


40年以上「家」を撮影されてきた小松さんにとって、家というのは、気候や生活の変化などによってたえず変化していて、家を見るということは、そうしたさまざまな変化の中で、自分たちがいまどういうところに生きているのかを確認することにつながるという。とても、この夜の話のおもしろさは紹介しきれないので、またいつか企画します。来られなかった人はぜひ。

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あひる商会イベント第4弾! 「中東・ユダヤ音楽の夕べ」のお知らせ

年の瀬にふさわしいイベントのお知らせです。12月8日(土)、京都から若き謎の中東文化研究家にして、ユダヤ・アラブ・ペルシア音楽奏者の辻圭秋(つじよしあき)さんをお招きして演奏+トークの夕べを開催します。ゲストとしてイスラーム法学者の中田考さんも来場され、ひみつのユダヤ・コネクションや中東事情などについてのトークもあり。

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アラブ音楽は聞いたことがあっても、中東系ユダヤ人の音楽を耳にする機会はほとんどありません。辻さんは長年イスラエルに滞在し、アラビア語やヘブライ語などの言語の学習と、イスラームやユダヤ教などの宗教研究から音楽の世界に入った珍しい方。中東系音楽を堪能し、音楽をとおして彼らの文化や歴史についての理解を深める貴重な機会です。

【辻 圭秋 (つじ よしあき)】
1983年生まれ。同志社大学大学院神学研究科博士後期課程単位取得満期退学。イスラームとアラビア語を学んだ後、ヘブライ語・ユダヤ教の研究のためにイスラエルに5年留学。エルサレム中東古典音楽学校(3年制)卒業、アラブ・ペルシャ・トルコ・オスマン・イエメン・ギリシャ・セファラディー音楽の基礎を学ぶ。著書に『そして人生は続く──あるペルシャ系ユダヤ人の半生』(風響社)。現在は日本語教師をしながら、京都で中東カフェ・文化サロン「finjan」を妻と経営(開店準備中)。

【日時】 12月8日(土)18時〜20時(17時半開場) 
【場所】 楽道庵(神田 or 淡路町より徒歩5分) 東京都千代田区神田司町 2-16
http://www.n-as.org/rakudoan/map.files/map.htm
【定員】 40名くらいまで
【参加費】 一般3000円・学生2000円(懇親会は同じ会場でプラス1500円・食事・飲み物付き・お酒別)
【申込み方法】 (facebook経由とメール経由の2通りあり)
① facebookイベントページ「中東・ユダヤ音楽の夕べ」の参加ボタンをクリック。懇親会参加希望者はイベントページのメッセージ欄でお知らせください。
https://www.facebook.com/events/2209631979360271/
② bozenkun@hotmail.comに「ユダヤ音楽、参加希望」と書いて、お名前と参加人数、懇親会参加の有無をお知らせください。いずれも参加費は当日払い。
【注意】会場は板張りで前は座布団、後ろは椅子になります。


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シャルギー(東洋人) イラン制作による井筒俊彦氏の生涯のドキュメンタリー

米国によるイラン制裁が再発動された昨日、東京イラン映画祭で、東洋哲学者、イスラム学者、井筒俊彦氏の生涯を追ったイラン制作のドキュメンタリー「シャルギー」を見た。井筒氏と親交があったり影響を受けたりした日本、イラン、欧米の数多くの学者へのインタビューをまじえたドキュメンタリーなのだが、よくこれだけ細かく濃密に取材したものだ。取りあげられているエピソードは井筒氏の著作や、作品にも登場する若松英輔さんの本などにも出てくるものが多いが、それでもインタビューと映像をまじえて、これほど質の高い作品になっていることに驚いた。

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各インタビューのカットが短くてつながりがわかりにくいとか、ときどきバックに流れるイラン風の「さくらさくら」のアレンジが仰々しいなど気になる点もあったが、たんに井筒氏を知の巨人として賞賛するのではないつくりになっているのがよかった。黒田嘉郎さんが井筒さんにイランに行けといわれて、「本当は行きたくなかったんだけど、あの方は怒ると怖いから仕方なく行った」と話す一方、イラン人学者の奥さんが「イヅツが怒るのを見たことがない」といっているのもおかしかった。


ときどき「これは今回初めて公開される映像である」という思わせぶりな断り書きがあって出てくるのが、プライベートで撮られたらしい変哲のない8mmフィルムであったりするのもよかった。「今回初めて公開される・・」といってイランで井筒氏に支払われていた給料や住居費について記した手紙が大写しになるのもよかった。


井筒氏は、東西の膨大な思想・哲学・宗教をその言語テキストから分析し、とくに東洋哲学相互の比較を行ってきた、しかし、異なる宗教思想の類似性を見出して、そこを手がかりに普遍性につながろうとすると、下手をすると、とてもありきたりなものになりかねない。この映画の中でも日本のお祭りの御神輿と、イランで輿をかついだイスラムの祭礼の映像が相互に映し出されるシーンがあったが、たんなる表面上の類似から両者のつながりを指摘するのは、いわゆるあたりさわりのない「宗教間対話」と変わらず不毛である。


作品中でもだれかが、西洋が「古代ギリシア」といった共通の基盤をまがりなりにも持てたのに対して、東洋はバラバラすぎて、そうした後ろ盾がないと述べていた。それを井筒氏はスーフィズムや唯識の意識論といった個人的・内面的なところに求めた。たしかにそれらは高度に洗練された世界で、哲学的な普遍性はあるかもしれないが、それはあくまで個人的なものなので、人と人をまとめあげる力にはなりにくい。


井筒氏がイラン革命によって帰国してから発表された著書は、そうした「精神的東洋」をイスラム哲学や神秘主義の内に見出そうとしたおそろしく切れ味のよいものだったけれども、井筒さんの本に書かれていることを期待してイスラム圏に旅すると、ありゃ?と思うことばかりだったりする。考えてみればあたりまえで、井筒氏が関心をもって取りあげていたイブン・アラビーとかスフラワルディーは800年以上も前の、しかも筋金入りの神秘主義者なのだ。


やはり作中で、井筒氏の仕事にとって第二次世界大戦というものが彼が仕事をしていくうえでとても大きかった、というようなことをだれかが述べていた(インタビューのカットが小刻みで覚えていられない)。タタール人のアラビア語の師や、大アジア主義を唱えた大川周明との交流などもあって、その大アジア主義を比較哲学というかたちで実現していくのが井筒氏の仕事だったといえるかもしれない。


でも、一方で、イラン革命は彼にとってどういうものだったのかがわからない。今日にいたるイスラム世界の変動をもたらしたエポックとなった事件のひとつはイラン革命だったと思うのだが、それについて井筒氏がなにを発言したり考えたりしていたか寡聞にして知らない。少なくともそれは個人的・内面的なアプローチだけで語れることではないだろう。作中、日本人の研究者が「もうすこし政治についても語ってほしかった」と述べていたが、政治的なことや、イスラムの法学的なことについて井筒氏はほとんど語っていないのではないだろうか(ひょっとしたらちがうかもしれない)。

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イラン映画祭、8/9まで。なんと無料! シャルギーは8/9の午前中にも上映されます。


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キンシャサが舞台の映画 『わたしは、幸福(フェリシテ)』

コンゴ民主共和国の首都キンシャサが舞台の映画『わたしは、幸福(フェリシテ)』が12月16日(土)から公開される。セネガル系のフランス人、アラン・ゴミス監督が、アフリカを西洋の視点からではなく、そこに生きる一人の女性の視点から描いた作品。ここには飢餓も難民も紛争も、西洋によって類型化されたアフリカ人も出てこない代わりに、アフリカの都市に生きる女性のリアルがみごとに描かれている。


 

キンシャサは、アフリカの他の都市にくらべて酸素濃度が高いんじゃないかと思われるほど人びとのテンションが高く、それだけによくも悪くもいろんな事件が起きる。その中でよく撮影したものだと思うが、おかげであの街の独特の空気感がとてもよくとらえられている。初日16日のヒューマントラストシネマ渋谷での16:30の回の上映終了後には、字幕監修をされた奥村恵子さん(パパ・ウェンバのバンドのパーカッショニスト)のトークもある。わたしもこの映画についてエッセイを書きました。(下、プレス向け資料より。ネタバレというほどではないけれど、気にされる方は読まないほうがいいかも)。(´Θ`)ノ


 
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アフリカを撮りつづけた大塚雅貴さんのこと

たいへん残念なお知らせです。友人のカメラマンの大塚雅貴さんが、コンゴ民主共和国で取材中、不慮の事故で亡くなりました。


大塚さんは8月初めにキンシャサ入りし、コンゴ河上流にむかって移動しながら取材をすすめていらっしゃいましたが、8月25日の夕方、バイクで移動中の小休止の折、突然倒れてきた大木の下敷きになり、その後まもなく亡くなられたということです。念願のコンゴの森の中で取材を進めているさなかの、突然の、それも確率的にも、ほぼありえないようなできごとに、いまだに現実感がありません。


大塚さんはサハラ砂漠の奥地で、遊牧民たちと生活をともにしながら、長期にわたって撮影をつづけるというスタイルで20年あまり仕事をされてこられたサハラ取材の第一人者です。2年前にはキヤノンギャラリーで巡回写真展も開かれています。過酷な自然のただなかで、じっくり撮影をするタイプの写真家が少ないいま、文字どおり命がけで写真に取り組んできた希有な方でした。


大塚さんと知りあったのは20年前のカイロでした。野町和嘉さんの助手としてサハラ取材に同行したことから、現地の言葉や文化を理解した上で写真を撮りたいということで彼はカイロにやってきました。しばらくエジプトに滞在して、アラビア語を学びながら、デルタ地帯の農民の撮影などをされ、その後は、サハラの遊牧民から雲南の棚田風景まで、生々しい自然とそこで生きる人びとを中心に世界のさまざまな場所で撮影を続けられました。


大塚さんの写真には沈黙を余儀なくさせるような厳粛で、深いしずけさがありました。なにか途方もない光景を目にしたときに、一瞬すべてのことばがやんでしまうような、そんな「とき」がとらえられていました。「美しい」とか「すごい」とかといったことばが立ち上がる前の、かすかな瞬間。彼の写真集『SAHARA 砂と風の大地』(山と溪谷社)には、そんな、はかなくも永遠につながっているような瞬間が無数にとどめられています。


リビア、マリ、ニジェールなどで長年にわたって撮影をつづけてこられた大塚さんですが、アラブの春以降、サハラの治安は急激に悪化し、取材も困難になってきました。しかし、ライフワークともいえるサハラがそんなありさまになっても、大塚さんは国内はもちろん、中東、アジア、ヨーロッパ、オーストラリア、北米、そして国内と、各地で淡々と撮影をつづけられていました。


そんな彼から電話をもらい「コンゴに行きたいんです」と告げられたのは昨年9月の半ばでした。砂漠のような乾いた世界を撮りつづけていた彼が、真逆ともいえる熱帯雨林の世界を撮りたいとは意外でしたが、じつは以前からずっと行きたいとおもっていたとのこと。大塚さんの静謐なまなざしで、あの饒舌きわまりないともいえる森と大河の世界を撮ったらどうなるのだろうと想像するとわくわくしてきて、さっそく力になってくれそうなコンゴ関係の友人を紹介しました。


大塚さんは、その後こつこつと準備を進めて、8月の初めに首都のキンシャサに入り、そこからコンゴをフィールドとする研究者の方々に同行して上流のキサンガニに向けて河をさかのぼるルートで取材をすすめられていました。そのさなかの事故でした。


大塚さんはこれまでにも取材中に拘束されたり、身ぐるみ剥がされたりという目にあいながらも、その都度切り抜けて来られました。コンゴも治安はけっしてよくありませんが、紛争やテロに巻き込まれたわけでも、強盗に襲われたわけでも、風土病にかかったわけでも、交通事故にあったわけでもなく、「まさか」としかいえないような偶然で命を落とされたことに、いまだ混乱をおぼえます。


すこしだけ救いを感じるとすれば、森の中での最後の小休止のとき、大塚さんは、なにかこころひかれるものを見つけて、それを撮影しにいったことです。それがなんだったのか、写真を見たからといって、けっしてわからないでしょうが、いつか機会あるならば、彼の目に映っていたコンゴ河や熱帯雨林の風景を、のこされた写真をとおして見ることで、彼が見つめていたものに、ほんのわずかでも近づくことができればとおもいます。そして、大塚さんのことを知らなかった方には、ぜひ彼の美しいウェブサイトや写真集を見てみていただければとおもいます。

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エジプト映画「ヤギのアリーとイブラヒム」

エジプト映画「ヤギのアリーとイブラヒム」を早稲田の戸山キャンパスで見た。コミカルでファンタジーなロードムービーで、とても楽しい作品だった。来週9/9(土)にも大阪の民博でも上映会があるのでその案内もかねて。


カイロの庶民街に暮らす2人の若者。ひとりは耳鳴りに悩む才能あるミュージシャン、もうひとりは一頭のメスヤギを死ぬほど愛していていて、どこにいくにもいっしょに連れていくので、まわりから変人扱いされている。この2人が自分たちの悩みを解決するために、呪術師のアドバイスのもと、カイロからアレキサンドリア、シナイ半島のダハブへと旅をする・・・。


コミカルでテンポのいいやりとり、カイロの繁華街や下町、ナイル川や地中海、紅海の美しい風景など、エジプトに住んだり旅したりしたことのあるひとなら、 文句なしに楽しい。けれども、それにくわえてよかったのは、この作品が人間の孤独の本質を、けっして深刻ぶることなく、さらりと、しかしあざやかに描いていることだった。

世界には70億ものひとがいるけれど、だれひとりとして同じ世界を生きてはいない。「私」の見ている世界は、「私」以外のだれにもけっして見ることができない。にもかかわらず、ひとびとは相手と自分が同じ世界を見ていると思い込むことで、自分がたったひとりの世界に生きていることを感じないようにしてい る。


しかし、ここに登場するヤギを恋するアリーと、耳鳴りのイブラヒムが生きている世界は、ほかのだれにも理解されない。耳鳴りは本人にしか聞こえないし、ヤギへの愛情も本人にしかわからない。もちろん、だれもが自分にとってだいじな世界をもっているだろうけれど、たいていは他者と共有できる領域をとおして世 界とのつながりを保っている。しかし、アリーにとってはヤギ(ナダという名前)なくして世界とのつながりはないし、逆にイブラヒムにとっては耳鳴りが世界とのつながりを妨げている。


「聞く」ということがこの映画ではキーになっているように感じた。2人が孤独なのは、彼らがおかしいからではなく、彼らに聞こえているものを、まわりのひ とが聞く術をもたないからだ。アリーにはわかるヤギの言葉の意味も、イブラヒムの脳内をつらぬく耳鳴りも、まわりのひとには聞こえない。


映画では、その聞こえない音や言葉がまわりのひとたちにも聞こえるようになるかどうか、というあたりが展開のモチーフになっている。自分にしかわからなかった言葉がひとにもわかるようになり、自分にしか聞こえなかった音がひとにも聞こえるようになれば、世界はいままでとはちがうかたちであらわれる。この くらいならネタバレにはならないと思う。

映画を見ていたとき、登場するヤギの名前が「ナダ」というのが気になった。ナダ(Nada)とはサンスクリット語で「音」を意味するからだ。それもただの音ではなく、世界を創造する根源的な音といったような哲学的な意味を含んでいたと思う。ナダという名のヤギは、まさに音をとおして、2人の世界を再創造す るきっかけとなったという意味で象徴的だなあと思って見ていたのだが、実際に監督はそんな意味を込めてつけたのかなと思い、上映後、監督に直接聞いてみたところ、「ナダはエジプトの女性によくある名前です。それだけです」といわれた。ぜんぜんちがった(笑)。


来週の9月9日(土)には大阪の国立民族学博物館でも上映会+監督インタビューがあります。大阪の人たちぜひ。手話通訳付です(´Θ`)ノ


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オープンダイアローグの「不確実性に耐える」をめぐって

オープンダイアローグの創始者のヤーコ・セイックラ氏と精神科医のビルギッダ・アラカレ氏の来日講演会が東大の安田講堂であった。


オープンダイアローグとはフィンランドで開発された対話をベースとした新しい精神療法(興味ある方は検索すれば、いろいろ出てきます)。画期的なアプローチとして一部で脚光を浴びている反面、日本での展開にはさまざまな困難もある。画期的といっても、そこでいわれているのは「患者本人のいないところで患者のことを決めない」とか「患者の話をよく聞く」とか、そのほとんどは拍子抜けするほど「あたりまえ」に聞こえることばかりだ。逆にいえば、そういうことがほとんどなされていなかった従来の精神医療の現場が、どれだけ異常だったかということだ。


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オープンダイアローグの基本的な考え方のひとつに「不確実性に耐える(Tolerate Uncertainty)」というのがある。この日もセイックラ氏はそのことにふれて、「これは治療ミーティングでいちばん大切なことです。正しい答えがあるわけではなく、つねにこれでいいのかという不安や恐怖に耐えて、そこで安心感をどう増やしていけるかを考える。それはエビデンス主義とか、専門家がすべてをコントロールするという前提に立つ治療のメインストリームとは真逆です」と語った。


「不確実性に耐える」とは、個人的にはアフリカの旅そのものだ。以前そのことをからめて「コンゴの旅とモヤモヤするマインドフルネス」というテーマで話をしたことがある。


患者のことをいちばん知っているのは医師ではなく患者自身だ。ただ、患者本人が、自分について知っていることにたどつりつけない。自分を語る「言葉」を見つけられない。その言葉を見つけるために、患者によりそって対話の場所をつくるのがオープンダイアローグ(ということなのかな?)。そこでだいじなのは、変化を促すことではなくて、あくまで対話の空間を深めていくこととされる。


だが、そのためにスタッフに必要とされる専門性とか、経験値とか、知識とか、自信といったものは、ともすればその理念とは相反するタテの権力性につながりかねない、というパラドクスをはらんでいる。だからこそ、安全感の確保された対等な関係が意識されなくてはならない。


それはわかるのだが、権力というのは上にいるものにとっても下にあるものにとっても快楽をもたらす。社会では多くの場合、安全や安心がタテの権力性によって保証されてきた、もしくは保証されていると思い込まされてきた。その中にあって、対等なヨコの関係が安心安全にむすびつくというのを受け入れるのに抵抗のあるひともいるだろう。


たとえば、「あなたのことは、すべてわかっています。安心してください」といわれるのと、「あなたのことは、さっぱりわかりません。安心してください」といわれるのでは、どちらが「安心」できるだろう。前者はタテの権力性の中の発言であり、後者は対等である。あるいは前者があなたを「症状」や「事例」として見ているのにたいして、後者はあなたを「人間」として見ているともいえる。「あなたのことは、わかっています」という新興宗教の教祖っぽい言い方からは、自分をまるごと権力に明け渡すことで安心感が得られるかわりに、依存関係は強化される。


かといって、「あなたのことは、さっぱりわかりません。安心してください」といわれて安心できるひとはあまりいないだろう。医師とは「わかっているべき人」だと、患者が思い込んでいるからだ。だから、医師と患者、あるいは親と子、先生と生徒、上司と部下でもいいが、そういう関係性においては、どうやっても権力性が介在し、その権力性に双方が依存している。それが双方にとって都合よく機能すればよいが、この権力構造そのものによって不具合が生じている場合、「対等」になるためにその関係性をゆるめなくてはならない。それには「患者はこういうものだ」「医師はこういうものだ」という双方の「わかった」を手放さなくてはならない。


「わかった」あるいは「わかったつもり」は権力性や暴力と快楽をともにもたらすからややこしい。「あいつらはテロリストだ」というとき、「あいつら」のことは「わかっている」し、「テロリストは悪い」ことも「わかっている」という前提がある。本当はちっともわかっていないものを「わかったもの」に仕立て上げて排除・支配して、安心という快楽を得る。それはわれわれ自身、気づかずに無意識にやっていることだ。それを自分自身に向けて行いつづければ、ほんとうは「わかっていない」自分のありかたがなんとなく「わかった」もののような気がしてきて、要するに自分で自分をだましていることにすら気がつかなくなって、心身が機能不全を起こしていく。


「不確実性に耐える」とは、こういう「わかった」あるいは「わかったつもり」を手放すことなのだろう。患者を前にして、その症状だけを過去の事例に還元して「おまえのことは、するっとまるっとお見通しだ!」(ちと古い。。)といいたくなる誘惑をおさえて、「あなたのことはさっぱりわかりません。でも、時間はかかるかもしれないけれど、あなたの言葉をいっしょにさがしてみましょう」といって、そのひとの経験の独自性をうきぼりにしていくということなのだろう。それはすっきりしないし、不安だし、怖いことだけれど、それでもきっとなんとかなるだろうし、ならなくてもまあいいやくらいの気持ちで、安心してモヤモヤしよう、ということなのだろう。


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『リベリアの白い血』を観た

一週間くらい前に渋谷のアップリンクで『リベリアの白い血』という映画を見た。西アフリカのリベリアのゴム園で過酷な労働をしていた男性が、移民した従兄弟をたよってニューヨークへわたり、そこで経験する理想と現実が扱われている。こんなコアなテーマを取りあげたのが日本人監督であり、しかもカメラマンが撮影中に感染したマラリアで亡くなったという衝撃的な話をさしひいても、とてもていねいにつくられたいい作品だった。


過酷なゴム採集の労働に従事する主人公はアメリカにわたった従兄弟がいることで村の仲間から、うらやましがられ、事あるごとに「アメリカでは月いくら稼げるのか」とか「おまえもいつかはアメリカに行くのだろう」とやっかみをいわれる。実際には従兄弟をとおして、アメリカの暮らしがけっして楽ではないことは知っている主人公だが、それを仲間に納得させられない。過酷な搾取構造の最底辺にいる者にとって、アメリカが理想の楽園に見えるの無理もない。結局、主人公はニューヨークへわたるのだが、そこで待っていたのは、よそよそしく苦い現実だったーー。


前半はリベリア、後半はニューヨークが舞台。リベリアのパートはアフリカの暮らしのリアルな感じがよく出ていた。科白も現地語だ。後半のニューヨークのパートは、リベリア内戦の話を取り入れることでストーリーに変化をつけている。


主人公はニューヨークのリベリア人コミュニティに迎え入れられる。実際、米国では国や民族集団ごとにコミュニティがある。以前コーネル大の教授から聞いた話では、ワシントンDCではタクシードライバーはナイジェリア移民の1世、ニュージャージーのガススタンドのオーナーはインドのシーク教徒、カリフォルニアのドーナツショップはインド系といったように各マイノリティ集団が特定の業種を独占しているという。リベリア・コミュニティがどういう位置づけなのかはわからないが、それぞれのコミュニティはレイヤーのように、それぞれのニューヨークを生きていて、その内側は外からはなかなかわからない。そうした見えにくい現実に光をあてたという点もこの作品の画期的なところだ。


こういう映画を見ると、いったい「アメリカ映画」とか「フランス映画」とか「ドイツ映画」といった日本で当たり前のように使われている国家別の映画のくくりに、どれほどの意味があるのかと思う。たとえばノルウェーに移民したレバノン人が、そこにやってきたシリア難民を扱った映画をつくったとすれば、それはどこの国の映画になるのだろう。そういうカテゴライズそのものが、もはや意味をなさなくなっている。『リベリアの白い血』を日本映画ということはほとんど意味がない。この前、中東映画研究会で見た『辛口ソースのハンス一丁』というドイツ映画もそうだった。その話はまたこんど。


話はもどるが、『リベリアの白い血』のモチーフにもなっているゴム採取はアフリカにとって因縁深い。100年以上前、ベルギー王レオポルドの私領地だった「コンゴ自由国」では、ゴム採取のノルマを達成できない人夫は見せしめに手首を切り落とされた。やがて見張りたちは自分が仕事をしていることを白人長官にアピールするために、人夫たちの手首だけを切り落としてもっていくようになり、のちにその実態が暴露されてスキャンダルになった。アフリカのゴム採取にはそんな暗い記憶がつきまとっている。ともあれ『リベリアの白い血』、おすすめです。(´Θ`)ノ


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